・・・ 河童の片手が、ひょいと上って、また、ひょいと上って、ひょこひょこと足で拍子を取る。 見返りたまい、「三人を堪忍してやりゃ。」「あ、あ、あ、姫君。踊って喧嘩はなりませぬ。うう、うふふ、蛇も踊るや。――藪の穴から狐も覗いて――・・・ 泉鏡花 「貝の穴に河童の居る事」
・・・ 累りあふれて、ひょこひょこと瓜の転がる体に、次から次へ、また二ツ三ツ頭が来て、額で覗込む。 私の窓にも一つ来た。 と見ると、板戸に凭れていた羽織袴が、「やあ!」 と耳の許へ、山高帽を仰向けに脱いで、礼をしたのに続いて、・・・ 泉鏡花 「革鞄の怪」
・・・その身動きに、鼬の香を芬とさせて、ひょこひょこと行く足取が蜘蛛の巣を渡るようで、大天窓の頸窪に、附木ほどな腰板が、ちょこなんと見えたのを憶起す。 それが舞台へ懸る途端に、ふわふわと幕を落す。その時木戸に立った多勢の方を見向いて、「う・・・ 泉鏡花 「国貞えがく」
・・・ と抱込んだ木魚を、もく、もくと敲きながら、足腰の頑丈づくりがひょこひょこと前へ立った。この爺さん、どうかしている。 が、導かれて、御廚子の前へ進んでからは――そういう小県が、かえって、どうかしないではいられなくなったのである。・・・ 泉鏡花 「燈明之巻」
・・・ 居士が、けたたましく二つ三つ足蹈をして、胸を揺って、(火事じゃ、……宿とひょこひょこと日和下駄で駆出しざまに、門を飛び出ようとして、振返って、尋常ごとではありません。植木屋徒も誘われて、残らずどやどや駆けて出る。私はとぼんとして、一人・・・ 泉鏡花 「半島一奇抄」
・・・小脇に威勢よく引抱えた黒塗の飯櫃を、客の膝の前へストンと置くと、一歩すさったままで、突立って、熟と顔を瞰下すから、この時も吃驚した目を遣ると、両手を引込めた布子の袖を、上下に、ひょこひょことゆさぶりながら、「給仕をするかね、」と言ったのであ・・・ 泉鏡花 「みさごの鮨」
・・・ 当てもないままに、赤井はひょこひょことさまようていたが、やがて耳の千切れるような寒さにたまりかねたのか、わずかの温みを求めて、足は自然に難波駅の地下鉄の構内に向いた。 そして構内に蠢いている浮浪者の群れの中にはいった赤井は、背中に・・・ 織田作之助 「昨日・今日・明日」
・・・ 十日目、ちょうど地蔵盆で、路地にも盆踊りがあり、無理に引っぱり出されて、単調な曲を繰りかえし繰りかえし、それでも時々調子に変化をもたせて弾いていると、ふと絵行燈の下をひょこひょこ歩いて来る柳吉の顔が見えた。行燈の明りに顔が映えて、眩し・・・ 織田作之助 「夫婦善哉」
・・・そして改札口前をぶらぶらしていたが、表の方からひょこひょこはいってくる先刻の小僧が眼に止ったので、思わず駈け寄って声をかけた。「やっぱしだめだった? 追いだして寄越した?」「いいんにゃそうじゃない。巡査が切符を買って乗せてやるって、・・・ 葛西善蔵 「贋物」
・・・こうやって演壇に立って、フロックコートも着ず、妙な神戸辺の商館の手代が着るような背広などを着てひょこひょこしていては安っぽくていけない。ウンあんな奴かという気が起るにきまっている。が駕籠の時代ならそうまで器量を下げずにすんだかも知れない。交・・・ 夏目漱石 「文芸と道徳」
出典:青空文庫