・・・もし、ひょんな事があるとすると――どう思う、どう思う、源助、考慮は。」「尋常、尋常ごとではござりません。」と、かッと卓子に拳を掴んで、「城下の家の、寿命が来たんでござりましょう、争われぬ、争われぬ。」 と半分目を眠って、盲目がす・・・ 泉鏡花 「朱日記」
・・・、横から当って、婦の前垂に附着くや否や、両方の衣兜へ両手を突込んで、四角い肩して、一ふり、ぐいと首を振ると、ぴんと反らした鼻の下の髯とともに、砂除けの素通し、ちょんぼりした可愛い目をくるりと遣ったが、ひょんな顔。 ……というものは、その・・・ 泉鏡花 「露肆」
・・・それも蓼食う虫が好いて、ひょんなまちがいからお前に惚れたとか言うのなら、まだしも、れいの美人投票で、あんたを一等にしてやるからというお前の甘言に、うかうか乗ってしまったのだ……と、判った時は、おれは随分口惜しかった。情けなかった。 あと・・・ 織田作之助 「勧善懲悪」
・・・ 二つとも私自身想いだすのもいやな文章だったが、ひょんなところで参ちゃんと「花屋」の主人を力づける役目をしたのかと思うと、私も、「ぜひ伺います」 と、声が弾んで、やがて「花屋」の主人と別れて一人歩く千日前の通はもう私の古里のよう・・・ 織田作之助 「神経」
・・・ 仕方なく、アンブレラとお道具を、網棚に乗せ、私は吊り革にぶらさがって、いつもの通り、雑誌を読もうと、パラパラ片手でペエジを繰っているうちに、ひょんな事を思った。 自分から、本を読むということを取ってしまったら、この経験の無い私は、・・・ 太宰治 「女生徒」
・・・チャンスという異国語はこの場合、日本に於いて俗に言われる「ひょんな事」「ふとした事」「妙な縁」「きっかけ」「もののはずみ」などという意味に解してもよろしいかと思われるが、私の今日までの三十余年間の好色生活を回顧しても、そのような事から所謂「・・・ 太宰治 「チャンス」
・・・ 始め、恭二を養子にする時だって、もう少しいい家から取るつもりで居た目算が、ひょんな事からはずれて先の見えて居る家などからもらってしまったし、又お君でも、いくら姪だと云っても、あまり下さらない女をもらってしまって、一体自分等は、どうする・・・ 宮本百合子 「栄蔵の死」
・・・法 一度つい、ひょんな事から溝に落ちてからはどぶの上澄を見る事が噸ときらいになりまいた。王 さてさてすきこのみの多い人じゃ。 わしは御事とはあべこべに大好じゃ。 細そい木片ですきまなくせせって、せっかく澄んだのを濁すのが・・・ 宮本百合子 「胚胎(二幕四場)」
出典:青空文庫