・・・それからまた一方には体面上卑吝の名を取りたくないと云う心もちがある。しかも、彼にとって金無垢の煙管そのものは、決して得難い品ではない。――この二つの動機が一つになった時、彼の手は自ら、その煙管を、河内山の前へさし出した。「おお、とらす。・・・ 芥川竜之介 「煙管」
・・・ 前日、黒壁に賁臨せる蝦蟇法師への貢として、この美人を捧げざれば、到底好き事はあらざるべしと、恫どうかつてきに乞食僧より、最も渠を信仰してその魔法使たるを疑わざる件の老媼に媒妁すべく言込みしを、老媼もお通に言出しかねて一日免れに猶予しが・・・ 泉鏡花 「妖僧記」
・・・しかし伊兵衛は卑吝では無かった。某年に芝泉岳寺で赤穂四十七士の年忌が営まれた時、棉服の老人が墓に詣でて、納所に金百両を寄附し、氏名を告げずして去った。寺僧が怪んで人に尾行させると、老人は山城河岸摂津国屋の暖簾の中に入った。 ・・・ 森鴎外 「細木香以」
出典:青空文庫