・・・もっとも僕の友人は美男ですが、達雄は美男じゃありません。顔は一見ゴリラに似た、東北生れの野蛮人なのです。しかし目だけは天才らしい閃きを持っているのですよ。彼の目は一塊の炭火のように不断の熱を孕んでいる。――そう云う目をしているのですよ。・・・ 芥川竜之介 「或恋愛小説」
・・・「へええ、して見ると鼻の赭い方が、犬では美人の相なのかも知れない。」「美男ですよ、あの犬は。これは黒いから、醜男ですわね。」「男かい、二匹とも。ここの家へ来る男は、おればかりかと思ったが、――こりゃちと怪しからんな。」 牧野・・・ 芥川竜之介 「奇怪な再会」
・・・ない忘恩の非行者を当の被害者として啻に寛容するばかりでなく、若気の一端の過失のために終生を埋もらせたくないと訓誡もし、生活の道まで心配して死ぬまで面倒を見てやったというは世間に余り例を聞かない何という美談であろう。中には沼南が顔に泥を塗られ・・・ 内田魯庵 「三十年前の島田沼南」
・・・かつ在官者よりも自由であって、大抵操觚に長じていたから、矢野龍渓の『経国美談』、末広鉄腸の『雪中梅』、東海散士の『佳人之奇遇』を先駈として文芸の著述を競争し、一時は小説を著わさないものは文明政治家でないような観があった。一つは憲法発布が約束・・・ 内田魯庵 「四十年前」
・・・ 私のこの話がもしかりに美談であるとすれば、これからが美談らしくなるわけですが、美談というものはおよそおもしろくないのが相場のようですから、これから先はますますご辛抱願わねばなりますまい。 さて、一円ずつ貯金してきた通帳の額がち・・・ 織田作之助 「アド・バルーン」
・・・などという、いわゆる美談佳話製造家の流儀に似てはいないだろうか。 蛍の風流もいい。しかし、風流などというものはあわてて雑文の材料にすべきものではない。大の男が書くのである。いっそ蛍を飛ばすなら、祇園、先斗町の帰り、木屋町を流れる高瀬川の・・・ 織田作之助 「大阪の憂鬱」
・・・り少し前、雨の中をルパンへ急ぐ途中で、織田君、おめえ寂しいだろう、批評家にあんなにやっつけられ通しじゃかなわないだろうと、太宰治が言った時、いや太宰さん、お言葉はありがたいが、心配しないで下さい、僕は美男子だからやっつけられるんです、僕がこ・・・ 織田作之助 「可能性の文学」
・・・……この売りと買いの勝負は、むろんお前の負けで、買い占めた本をはがして、包紙にする訳にも思えば参らず、さすがのお前もほとほと困って挙句に考えついたのが「川那子丹造美談集」の自費出版。 しかし、これはおかしい程売れず、結果、学校、官庁、団・・・ 織田作之助 「勧善懲悪」
・・・あるいはこの話は軍人援護の美談というべきものではないかも知れない。しかし、いま私は「私の見聞した軍人援護朗話」という文章を求められて、この話を書き送ることにした。この十八歳の娘さんのいじらしいばかりに健気な気持については、註釈めいたものは要・・・ 織田作之助 「十八歳の花嫁」
・・・俳優のうちに久米五郎とて稀なる美男まじれりちょう噂島の娘らが間に高しとききぬ、いかにと若者姉妹に向かっていえば二人は顔赤らめ、老婦は大声に笑いぬ。源叔父は櫓こぎつつ眼を遠き方にのみ注ぎて、ここにも浮世の笑声高きを空耳に聞き、一言も雑えず。・・・ 国木田独歩 「源おじ」
出典:青空文庫