・・・ともに家を重んじて、権力はもっぱら長男に帰し、長少の序も紊れざるが如くに見えしものが、近年にいたりてはいわゆる腕前の世となり、才力さえあれば立身出世勝手次第にして、長兄愚にして貧なれば、阿弟の智にして富貴なる者に軽侮せられざるをえず。ただに・・・ 福沢諭吉 「徳育如何」
・・・無知無徳の下等社会はともかくも、上流の富貴または学者と称する部分においても、言うに忍びざるもの多し。人間の大事、社会の体面のためと思えばこそ、敢えてこれを明言する者なけれども、その実は万物の霊たるを忘れて単に獣慾の奴隷たる者さえなきにあらず・・・ 福沢諭吉 「日本男子論」
・・・三千年前の項羽を以て今日の榎本氏を責るはほとんど無稽なるに似たれども、万古不変は人生の心情にして、氏が維新の朝に青雲の志を遂げて富貴得々たりといえども、時に顧みて箱館の旧を思い、当時随行部下の諸士が戦没し負傷したる惨状より、爾来家に残りし父・・・ 福沢諭吉 「瘠我慢の説」
・・・にしあれば忍ぶの屋とけふよりあらためよといへり、屋のきたなきことたとへむにものなし、しらみてふ虫などもはひぬべくおもふばかりなり、かたちはかく貧くみゆれど其心のみやびこそいといとしたはしけれ、おのれは富貴の身にして大厦高堂に居て何ひとつたら・・・ 正岡子規 「曙覧の歌」
・・・まことに、これらの流行色調は絢爛をきわめ、富貴をほこるものであるが、これを見る私たちの一方の目は、冬に向うのに純粋の毛織物は十一月から日本で生産されない。メリヤスもなくなる。木綿も節約せよ。食糧も代用食に訓練しておけ。子供の弁当に大豆類を多・・・ 宮本百合子 「祭日ならざる日々」
・・・ 支那古来の聖人たちは、いつも強権富貴なる野蛮と、無智窮乏の野蛮との間に立って彼等の叫びをあげてきた。「男女七歳にして席を同じゅうせず」しかし、その社会の一方に全く性欲のために人造された「盲妹」たちが存在した。娘に目があいてるからこそ客・・・ 宮本百合子 「書簡箋」
・・・ 富貴な美しいモナ・リザを描くとき、レオナルドがどんなに心をつくして画室をかざり、音楽を奏させ、彼女をたのしくあらせようとしたかという情景は、レオナルド・ダ・ヴィンチを主人公としてメレジェコフスキーが書いた「先駆者」という歴史小説に詳細・・・ 宮本百合子 「女性の歴史」
・・・ 巡査は、敏腕と云われる、二十七八歳の生若い、ものを知らない、巡査を天下一の仕事と心得て居る奴、風紀上など些か微力をつくしたい、と云いたいのでしつこくきく。女房困り、前から気が有った円覚寺の寺男と一緒にさせることに急にし、その男をよぶ。・・・ 宮本百合子 「一九二五年より一九二七年一月まで」
・・・由にゆき来し、いろいろな作家が、いろいろの鏡、いろいろの角度で、内と外からそれぞれの国の生活を互に映し、互に表現し合い芸術化してゆく愉しさこそは、この地球に生れ合わしたそれぞれの時代の人間の真の歓喜と富貴であると思う。 アンデルセン・・・ 宮本百合子 「春桃」
・・・富豪の思いものとなったのが本当なら、もしや、あのおけいちゃんも、粋と富貴をとりまぜた装で私などのわきは、すーと通りすぎてゆく心になって今日を生きているのでもあるだろうか。 女学校時代の友達というものも、おけいちゃんとはちがう形ではあ・・・ 宮本百合子 「なつかしい仲間」
出典:青空文庫