・・・病院の看護婦といえば、風紀のみだれたもの、という代名詞のように思われていた。酒気を帯びないで勤務している者は一人もないという状態であった。他ならぬそういう看護婦の中に入って行こうというのであるから、フロレンスの周囲が驚倒したのもいわばもっと・・・ 宮本百合子 「フロレンス・ナイチンゲールの生涯」
・・・だが人間の何か忘られない姿というようなものははたして富貴の輝きに照らされている時ばかりにあるものであろうか。 枕草子の中にこんな場面がある。 ある朝早く、帝と中宮とが並んで身分の軽い者たちが門を出入りしたりしている朝の景色を眺めてい・・・ 宮本百合子 「山の彼方は」
・・・にしろ、ロマンティックな父親の親友の出現ややがては良人となった富貴な保護者の出現で、物語の境遇が変化させられ、ハッピー・エンドになっていて、女主人公たちの内的成長は、始まりから終りまで云わば性格的なもの、気質的なものの範囲から出ていないので・・・ 宮本百合子 「若き精神の成長を描く文学」
・・・ こういう物質的な女性生活の富貴は、しかし立入って見れば彼女達の曇りない幸福を証明するものではなかった。この時代に日本の一般社会には女性に対する支那伝来の厳しい女訓が流布して、貝原益軒の女大学などが出た時期であった。どんなに美事に着飾ろ・・・ 宮本百合子 「私たちの建設」
・・・そういうことから私たちは漱石が権門富貴に近づくことをいさぎよしとしない人であるように思い込んでいた。またそれが私たちにとって漱石の魅力の一つであった。しかし漱石は、いつだったかそういうことが話題になったときに、次のような意味のことを言った。・・・ 和辻哲郎 「漱石の人物」
出典:青空文庫