・・・「成経様は御年若でもあり、父君の御不運を御思いになっては、御歎きなさるのもごもっともです。」「何、少将はおれと同様、天下はどうなってもかまわぬ男じゃ。あの男は琵琶でも掻き鳴らしたり、桜の花でも眺めたり、上臈に恋歌でもつけていれば、そ・・・ 芥川竜之介 「俊寛」
・・・こういう国に二葉亭の生れたのは不運だった。 小説家としても『浮雲』は時勢に先んじ過ぎていた。相当に売れもし評判にもなったが半ばは合著の名を仮した春廼舎の声望に由るので、二葉亭としては余りありがたくもなかった。数ある批評のどれもが感服しな・・・ 内田魯庵 「二葉亭追録」
・・・『浮雲』の文三が二葉亭の性格の一部のパーソニフィケーションであるのは二葉亭自身から聴いていた。煩悶の内容こそ違え、二葉亭はあの文三と同じように疑いから疑いへ、苦みから苦みへ、悶えから悶えへと絶間なく藻掻き通していた。これが即ち二葉亭の存在で・・・ 内田魯庵 「二葉亭追録」
・・・『浮雲』は私の当時の愛読書の一つで、『あいびき』や『めぐりあい』をも感嘆して何度も反覆していたから是非一度は面会したいと思いながらも機会を得なかった。 その頃私が往来していた文壇の人はいくばくもなかった。紅葉美妙以下硯友社諸氏の文品才藻・・・ 内田魯庵 「二葉亭余談」
・・・また『浮雲』の如き世論『書生気質』以上であるが、坪内君の合著の名でなかったなら出版する事は出来なかったのだ、出版しても恐らくアレほどに評判されなかったろう。 尾崎、山田、石橋の三氏が中心となって組織した硯友社も無論「文学士春の屋おぼろ」・・・ 内田魯庵 「明治の文学の開拓者」
・・・たといわれわれがイクラやりそこなってもイクラ不運にあっても、そのときに力を回復して、われわれの事業を捨ててはならぬ、勇気を起してふたたびそれに取りかからなければならぬ、という心を起してくれたことについて、カーライルは非常な遺物を遺してくれた・・・ 内村鑑三 「後世への最大遺物」
・・・と、からすは身の不運を歎きました。 かもめは、都では、はとがみんなにかわいがられて、子供らから豆をもらって、平和にその日を遊び暮らしていることを話しました。「どうしてほかの鳥は、みんなそう幸福なのでしょう。」と、からすはうらやみまし・・・ 小川未明 「馬を殺したからす」
・・・在来のこの種の歌の中で、身の不運を嘆いたり、生のたよりなさを訴たりする者があっても、それは単純なリリシズムの繰り返しにしか過ぎなかった。そしてそれによって、その時代をうかがう事が出来ても、それらの詩には、それ以外の目的を見出すことが出来ない・・・ 小川未明 「詩の精神は移動す」
・・・ 泣けもせずキョトンとしているのを引き取ってくれた彦根の伯父が、お前のように耳の肉のうすい女は総じて不運になりやすいものだといったその言葉を、登勢は素直にうなずいて、この時からもう自分のゆくすえというものをいつどんな場合にもあらかじめ諦・・・ 織田作之助 「螢」
・・・ 青く澄み透った空では浮雲が次から次へ美しく燃えていった。みたされない堯の心の燠にも、やがてその火は燃えうつった。「こんなに美しいときが、なぜこんなに短いのだろう」 彼はそんなときほどはかない気のするときはなかった。燃えた雲はま・・・ 梶井基次郎 「冬の日」
出典:青空文庫