・・・それだけの負荷をあえて人間の精神、母なるものの霊性に課したいのである。永遠の母とはかかる母を呼ぶべきものであろう。 ゴーリキーの小説『母』の中の母親や、拙作『布施太子の入山』の中の太子の母などは、この種の道と法とに高められ、照らされた、・・・ 倉田百三 「女性の諸問題」
・・・これは自然が婦人に課したる特殊負荷であって厳粛なものでありこれがある以上、決して、職業の問題について、男子と婦人とを同一に考えるべきものではない。この意味においては、われわれは蘇露のコロンタイ女史の如く、一にも二にも託児所主義であって、男子・・・ 倉田百三 「婦人と職業」
・・・野菜や果物等のはしりや季節はずれの物も不可でそのしゅんのものが最もよいそうである。この見地からするとどうやら外米は吾々には自然でなく、栄養上からもよいとは云えないことになりそうだ。しかし、食わずに生きてはいられない。が、なるべく食いたくない・・・ 黒島伝治 「外米と農民」
・・・独歩は、それについて何等の説明も附してはいないし、或は気がつかなかったかもしれないが、今日からかえり見て想像を附加すると、既に戦後の三国干渉に到る関係が、その時から現れていたようで興味が深い。 独歩の眼に士官階級以上しか映じなかったより・・・ 黒島伝治 「明治の戦争文学」
・・・それを見ると東坡巾先生は悲しむように妙に笑ったが、まず自ら手を出して喫べたから、自分も安心して味噌を着けて試みたが、歯切れの好いのみで、可も不可も無い。よく視るとハコべのわかいのだったので、ア、コリャ助からない、とりじゃあ有るまいし、と手に・・・ 幸田露伴 「野道」
・・・物騒な代の富家大家は、家の内に上り下りを多くしたものであるが、それは勝手知らぬ者の潜入闖入を不利ならしむる設けであった。 幾間かを通って遂に物音一ツさせず奥深く進んだ。未だ灯火を見ないが、やがてフーンと好い香がした。沈では無いが、外国の・・・ 幸田露伴 「雪たたき」
・・・公辺からの租税夫役等の賦課其他に対する接衝等をもそれに委ねたのであった。実際に是の如き公私の中間者の発生は、栄え行こうとする大きな活気ある町には必要から生じたものであって、しかも猫の眼の様にかわる領主の奉行、――人民をただ納税義務者とのみ見・・・ 幸田露伴 「雪たたき」
・・・ と、その男は附加して言った。 この「朝飯も食べません」が自分の心を動かした。顔をあげて拝むような目付をしたその男の有様は、と見ると、体躯の割に頭の大きな、下顎の円く長い、何となく人の好さそうな人物。日に焼けて、茶色になって、汗のす・・・ 島崎藤村 「朝飯」
・・・僕の言ったことを君は守らんければ不可よ。尺八を買わないうちに食って了っては不可よ。」「はい食べません、食べません――決して、食べません。」 と、男は言葉に力を入れて、堅く堅く誓うように答えた。 やがて男は元気づいて出て行った。施・・・ 島崎藤村 「朝飯」
・・・私がそれじゃ不可と言うと、そこで何時でも言合でサ……家内が、父さんは繁の贔負ばかりしている、一体父さんは甘いから不可、だから皆な言うことを聞かなくなっちまうんだ、なんて……兄の方は弱いでしょう、つい私は弱い方の肩を持つ……」 学士は頬と・・・ 島崎藤村 「岩石の間」
出典:青空文庫