・・・ 前年外国よりある貴賓の来遊したるとき、東京の紳士と称する連中が頻りに周旋奔走して、礼遇至らざる所なきその饗応の一として、府下の芸妓を集め、大いに歌舞を催して一覧に供し、来賓も興に入りて満足したりとの事なりしが、実をいえばその芸妓なる者・・・ 福沢諭吉 「日本男子論」
・・・から出立して、親の臑を噛っているのは不可、独立独行、誰の恩をも被ては不可、となる。すると勢い金が欲しくなる。欲しくなると小説でも書かなければならんがそいつは芸術に対して済まない。剰え、最初は自分の名では出版さえ出来ずに、坪内さんの名を借りて・・・ 二葉亭四迷 「予が半生の懺悔」
・・・主観を叙して可なるものあり、叙して不可なるものあり。客観を写して可なるものあり、写して不可なるものあり。可なるものはこれを現わし不可なるものはこれを現わさず。しかして後に両者おのおの見るべし。 芭蕉の俳句は古来の和歌に比して客観的美を現・・・ 正岡子規 「俳人蕪村」
・・・唯願うらくはかの如来大慈大悲我が小願の中に於て大神力を現じ給い妄言綺語の淤泥を化して光明顕色の浄瑠璃となし、浮華の中より清浄の青蓮華を開かしめ給わんことを。至心欲願、南無仏南無仏南無仏。 爾の時に疾翔大力、爾迦夷に告げて曰く、諦に聴け諦・・・ 宮沢賢治 「二十六夜」
・・・紫陽花が紫陽花らしいことに何の疑いもはさまれていず、紅梅が紅梅らしいのに特殊な観念化は附加されていない。それなりに評価されていて、紫陽花には珍しい色合いの花が咲けば、その現象を自然のままに見て、これはマア紫陽花に数少い色合であることよ、とい・・・ 宮本百合子 「新しい船出」
・・・ プロレタリア文学運動が、端緒的であった自身の文学理論を一歩一歩と前進させながら、作品活動も旺盛に行っているのに対して、ブルジョア文学は、そのころから不可抗に創造力の衰退と発展性の喪失をしめしだした。日本資本主義高揚期であった明治末及び・・・ 宮本百合子 「あとがき(『宮本百合子選集』第六巻)」
・・・ひろげて見たら、彼女らしくない弱々しい字で府下世田ヶ谷と書いてある。其那にペンがひどくなって居たかと思ったが、直ぐ別な直覚が起った。私共は、昨夜、一晩じゅう留守であった。とめが書いた字だ。 然し、このことは、私に却って鼻柱に皺のよるよう・・・ 宮本百合子 「木蔭の椽」
・・・まいだった検事団は、この日の公判廷では、へき頭、勝田主任検事が立って、公訴の適法であることを強調し「もしこの発言にかかわらず前回の如きことが行われる場合は、これに関し異議をのべ、必要な発言を行うことを附加するものである」といった。この日の午・・・ 宮本百合子 「それに偽りがないならば」
・・・ これを見た日本人は、恐らく、一言を付加せずにはいられない心持が致しましょう。 勿論、日本にもそんな無情な良人がないことはない。けれども、決して、一般の日本婦人の状態だとは云えない。寧ろ、そんなのは少数の例外で、多くは、良人は妻を扶・・・ 宮本百合子 「男女交際より家庭生活へ」
・・・とを外国にあって、手帳の上で人工孵化した。チェルヌイシェフスキイの「何をなすべきか」のように、身をもって六〇年代を生きぬいて書いたのではなかった。一八六〇年の或る日、ドイツを汽車にのって旅行していたツルゲーネフは、その汽車の中で一人のロシア・・・ 宮本百合子 「ツルゲーネフの生きかた」
出典:青空文庫