・・・三色写真が絵画の複製術として物足りないごとく、蓄音機は名曲のすぐれた演奏の再現器として物足りないものである。それだから蓄音機は潔癖な音楽家から軽視されあるいは嫌忌されるのもやむを得ない事かもしれない。私はそういう音楽家の潔癖を尊重するもので・・・ 寺田寅彦 「蓄音機」
・・・多くの絵は自分の眼にはただ一種の空虚な複製品としか思われなかった。少なくも画家の頭脳の中にしまってある取って置きの粉本をそのまま紙布の上に投影してその上を機械的に筆で塗って行ったものとしか思われなかった。ペンキ屋が看板の文字を書くようにそれ・・・ 寺田寅彦 「津田青楓君の画と南画の芸術的価値」
・・・西洋の画家が比較的近年になって、むしろこうした絵画に絵画本来の使命があるということを発見するようになったのは、従来の客観的分析的絵画が科学的複製技術の進歩に脅かされて窮地に立った際、偶然日本の浮世絵などから活路を暗示されたためだという説もあ・・・ 寺田寅彦 「日本人の自然観」
・・・ トーキーの場合には、実際の音の音色は決してそのままに記録され複製されない。それは録音ならびに発音器械の不完全から来る欠点である。そのために、ほんとうの音よりも適当な擬音のほうがかえってほんとうらしく聞こえるというおもしろい現象も起こる・・・ 寺田寅彦 「耳と目」
・・・五百十五頁の『キング』一冊に五枚一組袋入りの額面用名画というブルジョア画家の画の複製が景品について来た。 成程、この画は壁の破れたところに貼っても一寸体裁がよかろう。壁が破れても修繕はしてくれず、家賃ばかり矢の催促にくる大家に対して、借・・・ 宮本百合子 「『キング』で得をするのは誰か」
・・・せめては、こんな気分でも、と、輸入映画のひもじい複製でなぐさめているのであろうか。 私たちが今日を生きている感情は非常に複雑である。混乱も幻滅も空腹は勿論、一時的な希望の喪失さえあるかもしれない。それをまぎらそうとする気分の追求の一つと・・・ 宮本百合子 「商売は道によってかしこし」
出典:青空文庫