・・・あんなに若いのに金を溜めてどうするのだろう、ボロ家に住んでみすぼらしい服装をして、せっせと溜めてやがる、と軽蔑されていた。 ところが、その彼がある空襲のはげしい日、私に高利貸を紹介してくれという。「高利貸に投資するつもりか」私は皮肉・・・ 織田作之助 「鬼」
・・・四十二三の色白の小肥りの男で、紳士らしい服装している。併し斯うした商売の人間に特有――かのような、陰険な、他人の顔を正面に視れないような変にしょぼ/\した眼附していた。「……で甚だ恐縮な訳ですが、妻も留守のことで、それも三四日中には屹度・・・ 葛西善蔵 「子をつれて」
いよいよ明日は父の遺骨を携えて帰郷という段になって、私たちは服装のことでちょっと当惑を感じた。父の遺物となった紋付の夏羽織と、何平というのか知らないが藍縞の袴もあることはあるのだが、いずれもひどく時代を喰ったものだった。弟も前年細君の・・・ 葛西善蔵 「父の葬式」
・・・やはり私の前に坐っていた婦人の服装が、私の嫌悪を誘い出しました。私は憎みました。致命的にやっつけてやりたい気がしました。そして効果的に恥を与え得る言葉を捜しました。ややあって私はそれに成功することが出来ました。然しそれは効果的に過ぎた言葉で・・・ 梶井基次郎 「橡の花」
・・・比ぶればいくらか服装はまさっているが、似たり寄ったり、なぜ二人とも洋服を着ているか、むしろ安物でもよいから小ザッぱりした和服のほうがよさそうに思われるけれども、あいにくと二人とも一度は洋行なるものをして、二人とも横文字が読めて、一方はボルテ・・・ 国木田独歩 「号外」
・・・ 個人的の例にわたるが、本誌の読者がたぶん知っているはずの、K・O女史や、K・I夫人などは、その趣味も、服装も、生活様式もはなはだモダンであるが、しかも仏教の信仰のある女性である。そしてその人品はどう見ても上っすべりしていないのである。・・・ 倉田百三 「女性の諸問題」
・・・ 子供達は、他人に負けないだけの服装をしないと、いやがって、よく外へ出て行かないのだ。お品は、三四年前に買った肩掛けが古くなったから、新しいのをほしがった。 清吉は、台所で、妻と二人きりになると、「ひとつ山を伐ろう。」と云いだし・・・ 黒島伝治 「窃む女」
・・・しかし、パルチザンと百姓とは、同じ服装をしていれば、見分けがつかなかった。「逃げて行くパルチザンなんど、面倒くさい、大砲でぶっ殺してしまえやいいじゃないか。」 小屋のところをぶらぶら歩きながら無遠慮に中隊長の顔を見ていた男が不意に横・・・ 黒島伝治 「パルチザン・ウォルコフ」
・・・内儀「あなた、そのお服装じゃアいけません、これを召していらっしゃい」七「なに、これで沢山だ、悪いと云えば帰って来る」 と無慾の人だから少しも構いませんで、番町の石川という御旗下の邸へ往くと、お客来で、七兵衞は常々御贔屓だから、・・・ 著:三遊亭円朝 校訂:鈴木行三 「梅若七兵衞」
・・・やがてそれが溶け初める頃、復た先生は山歩きでもするような服装をして、人並すぐれて丈夫な脚に脚絆を当て、持病のリョウマチに侵されている左の手を懐に入れて歩いて来た。残雪の間には、崖の道まで滲み溢れた鉱泉、半ば出来た工事、冬を越しても落ちずにあ・・・ 島崎藤村 「岩石の間」
出典:青空文庫