・・・ だいたい転向作家の問題は、勤労大衆とインテリゲンチアに対し、急進的分子に対する不信と軽蔑の気分を抱かせるために、たくみに利用されていると思う。大衆の進歩的な感情を少なからず幻滅させ、部分的にはそれへの嫌厭の感情にかえた。その責任は・・・ 宮本百合子 「冬を越す蕾」
・・・探偵小説はしばしばこういうリアリティーの精密そうな仮普請をする。それが科学的に詳細であり、現実らしい確実さがあればある程、読者はその底にちらつくうそへの興味を刺戟される。舟橋氏が、この「新胎」というある意味での現代図絵に、そういう面白さも加・・・ 宮本百合子 「文芸時評」
・・・いかにも母親の注意が細かに行き届いた好い服装をし、口数の尠い男だが、普請は面白いと見え、土曜日の午後からふらりと来て夕方までいて行くことなどあった。母親もそうだが、この大学生にもどこか内気に人懐こいようなところがあった。草を拉いで積み重ねた・・・ 宮本百合子 「牡丹」
・・・そしてゴーリキイの話の中に織り交るすべての余計な不信実なものを切り去るのであった。又この「結構さん」は、極くありふれた云い方で、しかも野蛮な環境の中で暮している幼いゴーリキイの智慧の芽生えを刺戟するようなことを云った。例えば、彼は云う。・・・ 宮本百合子 「マクシム・ゴーリキイの伝記」
晴○しっかりした面白味のある幹に密生して いかにも勁そうな細かい銀杏の若葉。○その窓からはいろいろな色と形との新緑の梢が見わたせた。 その奥で普請がやられている 金づちの音や木をひく音は朝から夕・・・ 宮本百合子 「窓からの風景(六月――)」
・・・ 日露戦争前後の日本の社会、文化の水準とヨーロッパのそれとは驚くべきへだたりがあったから、この時代、相当の年齢と感受性とをもって、現実生活の各面に、自分の呼吸して来た潤沢多彩なヨーロッパ文化とにわか普請の日本のせわしない姿とを対照して感じ・・・ 宮本百合子 「歴史の落穂」
・・・同時に、十代のひとたちの大部分は、ジャーナリズムの場面に出席して語っているひとたちよりも、もっと日本のきょうの一般的な現実に即して生活しているし、自主的な未来の生活設計に腐心しているという事実をあげて、率直に自然にかかれていた。 十代の・・・ 宮本百合子 「若い人たちの意志」
・・・』 アウシュコルンはなぜそんな不審が自分の上にかかったものか少しもわからないので、もうはや懼れて、言葉もなく市長を見つめた。『わしがって、わしがその手帳は拾ったッて。』『そうだ、お前がよ。』『わしは誓います、わしはてんでそん・・・ 著:モーパッサン ギ・ド 訳:国木田独歩 「糸くず」
・・・「即座に死ぬるはずでござりましたが、ご不審もあろうかと存じまして」と、肌を脱いで切腹しようとした。乙名が「まず待て」と言って権右衛門に告げた。権右衛門はまだ役所から下がって、衣服も改めずにいたので、そのまま館へ出て忠利に申し上げた。忠利は「・・・ 森鴎外 「阿部一族」
・・・これは家康がこの府中の城に住むことにきめて沙汰をしたのが今年の正月二十五日で、城はまだ普請中であるので、朝鮮の使の饗応を本多が邸ですることに言いつけておいたからである。「一応とりただしてみることにいたしましょうか」と、本多はやはり気色を・・・ 森鴎外 「佐橋甚五郎」
出典:青空文庫