・・・津軽海峡、トラピスト、函館、五稜郭、えぞ富士、白樺、小樽、札幌の大学、麦酒会社、博物館、デンマーク人の農場、苫小牧、白老のアイヌ部落、室蘭、ああ僕は数えただけで胸が踊る。五時間目には菊池先生がうちへ宛てた手紙を渡して、またいろいろ話され・・・ 宮沢賢治 「或る農学生の日誌」
・・・間もなく小十郎の影は丘の向うへ沈んで見えなくなってしまい子供らは稗の藁でふじつきをして遊んだ。 小十郎は白沢の岸を溯って行った。水はまっ青に淵になったり硝子板をしいたように凍ったりつららが何本も何本もじゅずのようになってかかったりそ・・・ 宮沢賢治 「なめとこ山の熊」
・・・被原爆地に、眼病のなかでも不治とされる「そこひ」が発生していると報ぜられている。 日本の一部の人々は、あんまり度々いや応なしに戦争にかりたてられてきたために、神経衰弱のようになっていて、しんから戦争をさけたいと思っているときでも、ちょっ・・・ 宮本百合子 「いまわれわれのしなければならないこと」
・・・帰途、富士を見た。薄藍のやや低い富士、小さい焔のような夕焼け雲一つ二つ。 A氏のところに寄る。温室にスウィートピーが植込まれたところ。一本一本糸の手が天井から吊ってあり、巻ひげを剪ってある。或は細かい芽生。親切心のたっぷりした者でなくて・・・ 宮本百合子 「金色の秋の暮」
・・・昔、宇野浩二が書いた小説に、菊富士ホテルの内庭で、わからない言葉で互によんだり、喋ったりしながら右往左往しているロシアの小人たちの旅芸人の一座を描いたものがあった。植込みや泉水のある庭のあちこちを動いたり、その庭に向っている縁側を男や女の小・・・ 宮本百合子 「五〇年代の文学とそこにある問題」
・・・ いたましいことであって、意外に感ぜずにはいられないほど多いのは、呼吸器病患者の歌である。不治を覚悟しての床上で詠んだ、複雑な、又徹底した、その人のその境地を外にしては詠めないと思われる歌が実に多い。 更にいたましいのは、全生病院の・・・ 宮本百合子 「今日の文学の展望」
・・・ ――○―― 人が、物を観る時に、唯一不二な心に成って、その対象に対すると云う事は大切でございましょう。けれども此は、没我と申せましょうか。元より無我と云う字の解釈にも依りますが、字書通り、我見なきこと、我意なきこ・・・ 宮本百合子 「C先生への手紙」
・・・ 竹内てるよさんは、カリエスという病が不治であることのため徹也という愛児をおいて家を去り、貧窮の底をくぐって、今は、療養の伴侶であり、友である神谷暢氏と夫婦でない、結婚生活でない共同生活を十三年営んでおられる。「苦しみぬき、もま・・・ 宮本百合子 「『静かなる愛』と『諸国の天女』」
・・・というものを開いたときには、太刀ふじという七つか八つの女の子に前座をつとめさせたこともあった様子である。 明治十三年に神田の区会に婦人傍聴者が現れたということが神崎清氏の婦人年鑑にあって、それから明治二十三年集会結社法で婦人の政談傍聴禁・・・ 宮本百合子 「女性の歴史の七十四年」
・・・「宇宙に対する完全なる知と、神に対する完全なる愛とは同一不二である」 という言葉を読む。まったくそうであろう。そうであろうという心持を一層強められる―― そうあるべきものだが、自分には分らない。自分のものになるものは、まだあまり・・・ 宮本百合子 「地は饒なり」
出典:青空文庫