・・・ そう云って莞爾笑うのさ、器量がえいというではないけど、色が白くて顔がふっくりしてるのが朝明りにほんのりしてると、ほんとに可愛い娘であった。 お前とこのとッつぁんも、何か少し加減が悪いような話だがもうえいのかいて、聞くと、おやじが永・・・ 伊藤左千夫 「姪子」
・・・肉づきまでがふっくりして、温かそうに思われたが、若し、僕に女房を世話してくれる者があるなら彼様のが欲しいものだ」 それならば大友はお正さんに恋い焦がれていたかというと、全然、左様でない。ただ大友がその時、一寸左様思っただけである。 ・・・ 国木田独歩 「恋を恋する人」
・・・色白くふっくりふくれた丸ぽちゃの顔、おとがい二重、まつげ長くて、眠っているときの他には、いつもくるくるお道化ものらしく微笑んでいる真黒い目、眼鏡とってぱしぱし瞬きながら嗅ぐようにして雑誌を読んでいる顔、熊の子のように無心に見えて、愛くるしく・・・ 太宰治 「二十世紀旗手」
・・・からだも薄赤く、ふっくりしている。老婆も、あるいは、煙草くらいは意気にふかす女かも知れないと思わせるふしが無いでもないが、問題は、この老夫婦に在るのではない。問題は、別に在るのだ。私と対角線を為す湯槽の隅に、三人ひしとかたまって、しゃがんで・・・ 太宰治 「美少女」
・・・三四年まえに汐田の紹介でいちど逢ったことがあるけれども、あれから見ると顔の色がたいへん白くなって、頤のあたりもふっくりとふとっているのであった。テツさんも私の顔を忘れずにいて呉れて、私が声をかけたら、すぐ列車の窓から半身乗り出して嬉しそうに・・・ 太宰治 「列車」
・・・顔は天使のように、ふっくりして、黄色い薔薇の感じでありました。唇は小さく莓のように真赤でした。目は黒く澄んで、どこか悲しみをたたえていました。王子は、いままで、こんな美しい女の子を見た事がない、と思いました。「ええ。」と王子は低く答えて・・・ 太宰治 「ろまん燈籠」
・・・やや旧派の束髪に結って、ふっくりとした前髪を取ってあるが、着物は木綿の縞物を着て、海老茶色の帯の末端が地について、帯揚げのところが、洗濯の手を動かすたびにかすかに揺く。しばらくすると、末の男の児が、かアちゃんかアちゃんと遠くから呼んできて、・・・ 田山花袋 「少女病」
・・・とがった顔がふっくりして目が急に細くなったように見えた。目のまわりにあったヒステリックなしわは消えておっとりした表情に変わっていた。どういう良い待遇を受けて来たのだろうというのが問題になった。親の乳でも飲んだためだろうという説もあった。・・・ 寺田寅彦 「ねずみと猫」
・・・その店の前に腰掛けて居る三十余りのふっくりと肥えた愛嬌の女が胸を一ぱいにあらわして子供に乳を飲ませて居る。子供は赤いちゃんちゃんを着て居る。その傍に並んで腰を掛けて居るのが五十位の女で、この女がしきりに何かをしゃべって居るらしい。 その・・・ 正岡子規 「車上の春光」
・・・樹にとまっている雪がふっくり柔かくふくらんでいる。 夜食堂車にいたら、四人並びのテーブルの隣りへ坐った男が、パリパリ高い音を立てて焼クロパートカをたべながら、ちょいと指をなめて、 ――シベリアにはもう雪がありましたか?と自分にき・・・ 宮本百合子 「新しきシベリアを横切る」
出典:青空文庫