・・・ なるほど、小さい絵はがきに見るこの源氏物語図屏風にしろ、魅力をもって先ず私たちをとらえるのは、大胆な裡にいかにもふっくり優しさのこもった動きで展開されている独特な構図の諧調である。 後年光琳の流れのなかで定式のようになった松の翠の・・・ 宮本百合子 「あられ笹」
・・・ 作者の心持が稚くても、ふっくりとしていて、描かれている農村の生活の細目も自然にうけとれた。ただし、主人公の青年の父親が、農民の生活を不安にする現実から、段々民主的な働きに目を向けて来てやがて積極的になってからのところが、割合安易にかけ・・・ 宮本百合子 「稚いが地味でよい」
・・・小さめなきりっとした愛らしい口元も、真面目に正面を見ている力のこもった眼差も。ふっくりした朗かな顔だち、真摯な誠実さのあらわれている風貌などお父さんそっくりです。金メダルを賞に貰って、マリアは女学校を卒業しました。が、その頃から益々切りつま・・・ 宮本百合子 「キュリー夫人の命の焔」
・・・重い、ふっくりと美しい瞼の下の憂鬱な視線である。けれども彼女は、あんなにじっと見つめて、じっと笑いをもっている。モナ・リザ、ジョコンダの笑いの本質はどういうものなのだろう。私たちは女としての自分の心から、モナ・リザとレオナルド・ダ・ヴィンチ・・・ 宮本百合子 「女性の歴史」
・・・ わきに、一人の若い女のひとが立っていた。ふっくりした二枚重ねの襟もとのところが美しい感じで印象されているが、顔だちや声やは思い出せない。何を話したのだろう、それも忘れてしまっている。ただ、若い女のひとの、幼い自分により添って立っていた・・・ 宮本百合子 「白藤」
・・・あくどい、ジャーナリスティックになりきった、ごみっぽい作品の間に、阿川弘之という人の小説は、表現にしろ、なんでもないようだが、よく感じしめ、見つめた上でのあっさりした、くっきりした形象性をもっていて、ふっくり、しかも正面から感性的に現実に迫・・・ 宮本百合子 「一九四六年の文壇」
・・・腰が張ってふっくりして来る。そして女の一生に誰しも忘れない時機――月経の始まるときになる。 どうして月経が起るかというと、見なさい。女の腹の中に右と左と二つの「卵巣」がある、そこで一月に一つずつの肉眼では見えない卵細胞が育つ。それが体の・・・ 宮本百合子 「ソヴェト映画物語」
・・・白い西洋封筒は軽い薄い雁皮の紙ながら、ふっくりと厚くて、その一封の便りが印度洋を越えてロンドンまで行くということが、母には判っているような心許ないような気がしたのだろう。いつも封じめには封蝋の代りに赤だの青だののレースのような円い封印紙が貼・・・ 宮本百合子 「父の手紙」
・・・その芸者は少し体を屈めて据わって、沈んだ調子の静かな声で、只の娘らしい話振をしていたが、島田に結った髪の毛や、頬のふっくりした顔が、いかにも可哀らしいので、僕が傍の人に名を聞いて見たら、「君まだ太郎を知らないのですか」と、その人がさも驚いた・・・ 森鴎外 「百物語」
・・・その流動する眼や、ふっくりと持ち上がった頬や、しなやかな頸や、――それはいや応なしに眼にはいって来ます。友人に逢う。恋の悩みを聞かされます。その甘い苦しみが人を刺激しないではいません。この種類の刺激はとても数えきれないのです。ことに餓えたる・・・ 和辻哲郎 「すべての芽を培え」
出典:青空文庫