・・・ 僕は、猪口才げなと云われたのが不服でならなかった。 伯母の夫は、足駄をはいて、両手に一俵ずつ四斗俵を鷲掴みにさげて歩いたり、肩の上へ同時に三俵の米俵をのっけて、河にかけられた細い、ひわ/\する板橋を渡ったりする力持ちだった。その伯・・・ 黒島伝治 「浮動する地価」
・・・ 彼等は、不服と、腹立たしさの持って行きどころがなかった。 監督が上にあがって行くと、出しかけていた糞桶をまたもとの廃坑へ放りこんだ。斜坑の柵や新しくかった支柱は、次から次へ、叩きはずした。八番坑の途中に積んでいた塀も突きくずされた・・・ 黒島伝治 「土鼠と落盤」
・・・為吉は黙って二度繰りかえして読んだ。笑顔が現われて来なかった。「何ぞいの?」「会社へ勤めるのに新の洋服を拵えにゃならん云うて来とるんじゃ。」為吉は不服そうだった。「今まで服は拵えとったやの。」「あれゃ学校イ行く服じゃ。」・・・ 黒島伝治 「老夫婦」
・・・そう口を尖らせて不服を言うと、佐吉さんはにこにこ笑い、「誰も本気に聞いちゃ居ません。始めから嘘だと思って聞いて居るのですよ。話が面白ければ、きゃつら喜んで居るんです。」「そうかね。芸術家ばかり居るんだね。でもこれからは、あんな嘘はつ・・・ 太宰治 「老ハイデルベルヒ」
・・・「瀬川さんだったら、大隅君にも不服は無い筈です。けれども瀬川さんは、なかなか気むずかしいお方ですから、引受けて下さるかどうか、とにかく、きょうこれから私が先生のお宅へお伺いして、懇願してみましょう。」 大きい失敗の無いうちに引上げる・・・ 太宰治 「佳日」
・・・とやかく不服を言うべきでない。 私たちは汽車に乗った。二等である。相当こんでいた。私と北さんは、通路をへだてて一つずつ、やっと席をとった。北さんは、老眼鏡を、ひょいと掛けて新聞を読みはじめた。落ちついたものだった。私はジョルジュ・シメノ・・・ 太宰治 「帰去来」
・・・ 口ごもって居られた。不服のようであった。ヴィルヘルム・マイスタアは、むずかしく考えて書いた小説ではなかった、と私はわれに優しく言い聞かせ、なるほど、なるほどと了解して、そうして、しずかな、あたたかな思いをした。私は、ふと象戯をしたく思・・・ 太宰治 「狂言の神」
・・・こわかったら、ひとりで俯伏したらいいじゃないか。しがみつかれた男もまた、へたくそな手つきで相手の肩を必要以上に強く抱いてしまって、こわいことない、だいじょぶ、など外人の日本語みたいなものを呟く。舌がもつれ、声がかすれているという情無い有様で・・・ 太宰治 「チャンス」
・・・すこし色艶つけて書いてみたが、もし不服あったら、その個所だけ特別に訂正してあげてもいい。」 かの白衣の妻が答えた。「これは、私ではございませぬ。」にこりともせず、きっぱり頭を横に振った。「こんなひと、いないわ。こんな、ありもしない影・・・ 太宰治 「二十世紀旗手」
・・・死んだようになって、俯伏のままじっとしていたら、どろぼうの足音が、のしのし聞えて、部屋から出て行くらしいので、ほっとしたの。可笑しなどろぼうね。ちゃんと雨戸まで、しめて行ったのね。がたぴし、あの雨戸をしめるのに、苦労していたらしいわ。」・・・ 太宰治 「春の盗賊」
出典:青空文庫