自分は菊池寛と一しょにいて、気づまりを感じた事は一度もない。と同時に退屈した覚えも皆無である。菊池となら一日ぶら/\していても、飽きるような事はなかろうと思う。それと云うのは、菊池と一しょにいると、何時も兄貴と一しょにいる・・・ 芥川竜之介 「兄貴のような心持」
一 ある日の事でございます。御釈迦様は極楽の蓮池のふちを、独りでぶらぶら御歩きになっていらっしゃいました。池の中に咲いている蓮の花は、みんな玉のようにまっ白で、そのまん中にある金色の蕊からは、何とも云えない好い匂が、絶間なくあた・・・ 芥川竜之介 「蜘蛛の糸」
・・・まだ頸にぶら下った、長い縄をひきずりながら。 × × × 二三時間たった後、白は貧しいカフェの前に茶色の子犬と佇んでいました。昼も薄暗いカフェの中にはもう赤あかと電燈がともり、・・・ 芥川竜之介 「白」
・・・ もう、一度、今度は両手に両側の蘆を取って、ぶら下るようにして、橋の片端を拍子に掛けて、トンと遣る、キイと鳴る、トントン、きりりと鳴く。 紅の綱で曳く、玉の轆轤が、黄金の井の底に響く音。「ああ、橋板が、きしむんだ。削・・・ 泉鏡花 「海の使者」
・・・いずれは身のつまりで、遁げて心中の覚悟だった、が、華厳の滝へ飛込んだり、並木の杉でぶら下ろうなどというのではない。女形、二枚目に似たりといえども、彰義隊の落武者を父にして旗本の血の流れ淙々たる巡査である。御先祖の霊前に近く、覚悟はよいか、嬉・・・ 泉鏡花 「開扉一妖帖」
・・・しかもその日、晩飯を食わせられる時、道具屋が、めじの刺身を一臠箸で挟んで、鼻のさきへぶらさげて、東京じゃ、これが一皿、じゃあない、一臠、若干金につく。……お前たちの二日分の祭礼の小遣いより高い、と云って聞かせました。――その時以来、腹のくち・・・ 泉鏡花 「木の子説法」
・・・ 翁は漢学者に似気ない開けた人で、才能を認めると年齢を忘れて少しも先輩ぶらずに対等に遇したから、さらぬだに初対面の無礼を悔いていたから早速寒月と同道して露伴を訪問した。老人、君の如き異才を見るの明がなくして意外の失礼をしたと心から深く詫・・・ 内田魯庵 「露伴の出世咄」
・・・私達は、太い枝に飛びついて、ぶら下りながら赤く熟したのから、もぎとりました。中には、片輪の実もあった。まだ、熟さないのは、黄色かった。鬱陶しい、黒っぽい、あたりの景色が眼にうつりました。そして、揺ぶるたびに、冷たい雫が、パタ/\と滴った。葉・・・ 小川未明 「果物の幻想」
・・・猪の肉を売る店では猪がさかさまにぶら下っている。昆布屋の前を通る時、塩昆布を煮るらしい匂いがプンプン鼻をついた。ガラスの簾を売る店では、ガラス玉のすれる音や風鈴の音が涼しい音を呼び、櫛屋の中では丁稚が居眠っていました。道頓堀川の岸へ下って行・・・ 織田作之助 「アド・バルーン」
・・・ときには洋装の若い女が来て、しきりに洗っているとFさんにきいて、私は何となく心を惹かれ、用事のあるなしにつけ千日前へ出るたびにこの寺にはいって、地蔵の前をぶらぶらうろうろした。そしてある日、遂に地蔵の胸に水を掛け水を掛け、たわしで洗い洗いし・・・ 織田作之助 「大阪発見」
出典:青空文庫