・・・また中には酔ってしゃべりくたぶれて舷側にもたれながらうつらうつらと眠っている者もある。相変わらず元気のいいのが今井の叔父さんで、『君の鉄砲なら一つで外れたらすぐ後の一つで打つことができるが僕のはそう行かないから困る、なアに、中るやつなら一発・・・ 国木田独歩 「鹿狩り」
・・・ 侯爵顔や伯爵顔を遠慮なくさらけ出してそのごうまんぶれいな風たら無かった。乃公もグイと癪に触ったから半時も居らんでずんずん宿へ帰ってやった」と一杯一呼吸に飲み干して校長に差し、「それも彼奴等の癖だからまア可えわ、辛棒出来んのは高山や長谷・・・ 国木田独歩 「富岡先生」
・・・ 騒ぎ疲ぶれて衆人散々に我家へと帰り去り、僕は一人桂の宅に立寄った。黙って二階へ上がってみると、正作は「テーブル」に向かい椅子に腰をかけて、一心になって何か読んでいる。 僕はまずこの「テーブル」と椅子のことから説明しようと思う。「テ・・・ 国木田独歩 「非凡なる凡人」
小豆島にいて、たまに高松へ行くと気分の転換があって、胸がすツとする。それほど変化のない日々がこの田舎ではくりかえされている。しかし汽車に乗って丸亀や坂出の方へ行き一日歩きくたぶれて夕方汽船で小豆島へ帰ってくると、やっぱり安・・・ 黒島伝治 「四季とその折々」
・・・そして馬の顔の毛や、革具や、目かくしに白砂糖を振りまいたようにまぶれついた。 二 親爺のペーターは、御用商人の話に容易に応じようとはしなかった。 御用商人は頬から顎にかけて、一面に髯を持っていた。そして、自分・・・ 黒島伝治 「橇」
・・・へ打ち込んだは歳二ツ上の冬吉なりおよそここらの恋と言うは親密が過ぎてはいっそ調わぬが例なれど舟を橋際に着けた梅見帰りひょんなことから俊雄冬吉は離れられぬ縁の糸巻き来るは呼ぶはの逢瀬繁く姉じゃ弟じゃの戯ぶれが、異なものと土地に名を唄われわれよ・・・ 斎藤緑雨 「かくれんぼ」
・・・私も冬の外套を脱いで置いて、借家さがしにくたぶれた目を自分の部屋の障子の外に移した。わずかばかりの庭も霜枯れて見えるほど、まだ春も浅かった。 私が早く自分の配偶者を失い、六歳を頭に四人の幼いものをひかえるようになった時から、すでにこんな・・・ 島崎藤村 「嵐」
・・・ かなりくたぶれて私は家に帰り着いた。ほとんど一日がかりでその日の用達に奔走し、受け取った金の始末もつけ、ようやく自分の部屋にくつろいで見ると、肩の荷物をおろしたような疲れが出た。 私は、一緒に帰って来た次郎と末子を、自分のそば・・・ 島崎藤村 「分配」
・・・いつか、私の高等学校時代からの友人が、おっかなびっくり、或る会合の末席に列していて、いまにこの辺、全部の地区のキャップが来るぞと、まえぶれがあって、その会合に出ているアルバイタアたちでさえ、少し興奮して、ざわめきわたって、或る小地区の代表者・・・ 太宰治 「虚構の春」
・・・恥ずかしき紅と恨めしき鉄色をより合せては、逢うて絶えたる人の心を読むべく、温和しき黄と思い上がれる紫を交る交るに畳めば、魔に誘われし乙女の、我は顔に高ぶれる態を写す。長き袂に雲の如くにまつわるは人に言えぬ願の糸の乱れなるべし。 シャロッ・・・ 夏目漱石 「薤露行」
出典:青空文庫