・・・もし梅子嬢の欠点を言えば剛という分子が少ない事であろう、しかし完全無欠の人間を求めるのは求める方が愚である、女子としては梅子嬢の如き寧ろ完全に近いと言って宜しい、或は剛の分子の少ないところが却て梅子嬢の品性に一段の奥ゆかしさを加えておるのか・・・ 国木田独歩 「富岡先生」
・・・ 支那人は、抑圧せられ、駆逐せられてなお、余喘を保っている資本主義的分子や、富農や意識の高まらない女たちをめがけて、贅沢品を持ちこんでくるのだ。一足の絹の靴下に五ルーブルから、八ルーブルの金を取って帰って行く。そして国境外では、サヴエー・・・ 黒島伝治 「国境」
・・・ 無産政党 いまだに、無産政党とか、労農党とかいうと危険な理窟ばかりを並べたて、遊んで食って行く不良分子の集りとでも思っている百姓がだいぶある。 彼等には、既成政党とか、無産政党とか、云ったゞけでは、それがどういうも・・・ 黒島伝治 「選挙漫談」
・・・「戦争一たび開けて、文士或は筆を収む。曰く武人の時、文士何をか為さむと、アヽ果して為すべき事なき乎。 文士筆を揮ふは、猶武人の剣を揮ふが如く、猶、農夫の※内に耕すもの、農夫の家国に対する義務ならば、文士紙を展べて軍民を慰藉す・・・ 黒島伝治 「明治の戦争文学」
・・・彼等の恥なく義なく勇なきは、実に市井の一文士に如かざりき。彼軍人的教練なる者是に於て一毫の価値ある耶。 孔子曰く、自らなして直くんば千万人と雖も我往かんと。此意気精神、唯一文士ゾーラに見て堂々たる軍人に見ざるは何ぞや。 或は曰く、長・・・ 幸徳秋水 「ドレフュー大疑獄とエミール・ゾーラ」
一 官吏、教師、商人としての兆民先生は、必ずしも企及すべからざる者ではない。議員、新聞記者としての兆民先生も、亦世間其匹を見出すことも出来るであろう。唯り文士としての兆民先生其人に至っては、実に明治当代の最も偉大なるものと言わね・・・ 幸徳秋水 「文士としての兆民先生」
・・・即ち天に關する分子なり。 次に舜典に徴するに、舜は下流社會の人、孝によりて遂に帝位を讓られしが、その事蹟たるや、制度、政治、巡狩、祭祀等、苟も人君が治民に關して成すべき一切の事業は殆どすべて舜の事蹟に附加せられ、且人道中最大なる孝道は、・・・ 白鳥庫吉 「『尚書』の高等批評」
・・・いつか鳩に就いての随筆を、地方の新聞に発表して、それに次兄の近影も掲載されて在りましたがその時、どうだ、この写真で見ると、おれも、ちょっとした文士だね、吉井勇に似ているね、と冗談に威張って見せました。顔も、左団次みたいな、立派な顔をしていま・・・ 太宰治 「兄たち」
・・・そちらの書生さんは文士だ。未だ無名の文士だ。私は、失敗者だ。小説も書いた、画もかいた、政治もやった、女に惚れた事もある。けれどもみんな失敗、まあ隠者、そう思っていただきたい。大隠は朝市に隠る、と。」先生は少し酔って来たようである。「へへ・・・ 太宰治 「黄村先生言行録」
・・・これから、一時間、文士になろうかどうか思い迷ってみることにする。失礼。おからだ気をつけて。こんどの日曜日に行く。うちから林檎が来ているが、取りに来て下さい。清水忠治。叔父上様。」 月日。「謹啓。文学の道あせる事無用と確信致し居る・・・ 太宰治 「虚構の春」
出典:青空文庫