・・・僕の問うがまにまに上京後の彼の生活をば、恥もせず、誇りもせず、平易に、率直に、詳しく話して聞かした。 彼ほど虚栄心のすくない男は珍らしい。その境遇に処し、その信ずるところを行なうて、それで満足し安心し、そして勉励している。彼はけっして自・・・ 国木田独歩 「非凡なる凡人」
・・・ 科学者が自分の体験によって獲得した深い知識を、かみ砕きかみ締め、味わい尽くしてほんとうにその人の血となり肉となったものを、なんの飾りもなく最も平易な順序に最も平凡な言葉で記述すれば、それでこそ、読者は、むつかしいことをやさしく、ある程・・・ 寺田寅彦 「科学と文学」
・・・ 下 手紙には日常の談話と異ならない程度の平易な英語で、真率に余の学位辞退を喜こぶ旨が書いてあった。その内に、今回の事は君がモラル・バックボーンを有している証拠になるから目出たいという句が見えた。モラル・バックボ・・・ 夏目漱石 「博士問題とマードック先生と余」
・・・積極的美とはその意匠の壮大、雄渾、勁健、艶麗、活溌、奇警なるものをいい、消極的美とはその意匠の古雅、幽玄、悲惨、沈静、平易なるものをいう。概して言えば東洋の美術文学は消極的美に傾き、西洋の美術文学は積極的美に傾く。もし時代をもって言えば国の・・・ 正岡子規 「俳人蕪村」
・・・今の文章の平易さへの傾向のうしろには、これまでの日本の知識階級がもちつづけて来ていた知識なり、考えかたなり、生活態度、ひいては物の云いかたとしての文章に対して、一種の批評が生じて居るということが関係している。これまで日本の知識人は外国かぶれ・・・ 宮本百合子 「今日の文章」
・・・ いろいろそういうところがあって、それが生活の気分を、平易親密な美しさに憩わせることの少いものにして来ている。 この頃、銀座の裏通りを歩いたりすると一寸した趣味とげてものをとりまぜたような店がふえて来ているのが目立つ。 一応贅沢・・・ 宮本百合子 「生活のなかにある美について」
・・・時代の自然主義的手法の晦渋さ、その反撥として以後の諸作を貫いていたやや浮き上った平易さへの努力の跡を揚棄している。作者のレーニン的世界観の統一、政治的鍛練によって、自らそなわって来た独特の簡明さ、迫真力、革命的気宇の大さが、作品の深い光沢と・・・ 宮本百合子 「同志小林の業績の評価に寄せて」
・・・これは、漢文読下し風な当時の官用語と、形式化した旧来の雅語との絆を脱して、自由に、平易に、動的に内心を芸術の上に吐露しようという欲求の発露であった。 ところが、二葉亭四迷の芸術によって示された文学の方向、影響は、上述の日本の事情によって・・・ 宮本百合子 「文学における今日の日本的なるもの」
・・・「そして、彼女はいたずらとは何のことであるかを最も平易な言葉で二人に説明した。私どもは美しく、感動深く話して貰ったので、花は咲かないうちにつみ取るものでない。匂いも実も得られなくなるということがよく分った。」後年ゴーリキイは「人々の中」・・・ 宮本百合子 「マクシム・ゴーリキイによって描かれた婦人」
・・・少くとも数種の著作をもつ日本の作家や評論家が、不分明な日本語を操っていたうちはともかくそれぞれの立場から人間らしき知慧の明るさを求めていたのに、辛うじて平易な日本文を書き出したと同時に知性を喪失したとあっては、一九四〇年を目ざして、明朗な文・・・ 宮本百合子 「「迷いの末は」」
出典:青空文庫