・・・そういう懐かしい名前が年々に一つ減り二つ減って行くのがさびしい。」 こういって感に堪えないように締りのない眉をあげさげする。「年賀はがきの一束は、自分というものの全生涯の一つの切断面を示すものである。人間対人間の関係というものがいか・・・ 寺田寅彦 「年賀状」
・・・蝙蝠の出さかるのは宵の口で、おそくなるに従って一つ減り二つ減りどことなく消えるようにいなくなってしまう。すると子供らも散り散りに帰って行く。あとはしんとして死んだような空気が広場をとざしてしまうのである。いつか塒に迷うた蝙蝠・・・ 寺田寅彦 「花物語」
・・・それはとにかく、当時に感じた漠然たる不思議の感じは、年を経て外国語に対する知識の増すとともに、次第に増しはしても、決して減りはしなかった。ただそれが次第に具体的な疑問の形をとって意識されて来たのである。しかし四十余年前に漠然と感ぜられた疑問・・・ 寺田寅彦 「比較言語学における統計的研究法の可能性について」
・・・ おまけに、明治が大正に変わろうとする時になると、その中学のある村が、栓を抜いた風呂桶の水のように人口が減り始めた。残っている者は旧藩の士族で、いくらかの恩給をもらっている廃吏ばかりになった。 なぜかなら、その村は、殿様が追い詰めら・・・ 葉山嘉樹 「死屍を食う男」
・・・早い稲はもうよほど硬くさえなってるよ、僕らがかけあるいて少し位倒れたってそんなにひどくとりいれが減りはしないんだ。だから結局何でもないさ。それからも一つは木を倒すことだよ。家を倒すなんてそんなことはほんの少しだからね、木を倒すことだよ、これ・・・ 宮沢賢治 「風野又三郎」
・・・それ故じき癇癪が起り、腹が減り、つまり神経が絶えず焦々している気の毒な五十三の年寄りであったけれども、彼女の良人は、健康でこそあれもう六十で、深く妻を愛している矢張り一人の老人だ。佐和子は、結婚生活をする娘の独特な心持で両親の生活を思い、・・・ 宮本百合子 「海浜一日」
・・・ ともきけず――人数が減り、家じゅうの空気がひどく透明で澄んで居るので、これは私の心持を曇らせた。こればかりでなく、今朝机に向ったら、硯屏の前に小さい紙くずが一つのって居た。我々が常用する丸善のアテナという封筒の屑であった。Yの立ったばかり・・・ 宮本百合子 「木蔭の椽」
・・・四角い顔の半面が攣れていたようなのは消え、赤味も減り、蒼白く無表情に索漠とした顔つきである。肩つきまで下った。カサのない電燈の黄色っぽい光がその顔を正面から照りつけている。冷たい茶を啜り、自分はなお弁当をたべつづけた。―― ・・・ 宮本百合子 「刻々」
・・・ СССРで一九二六年に五千七十七万千九百九十七人あった文盲者が一九三〇年には既に四千三百万人前後に減り、五ヵ年計画完成後は都会七パーセント、村落二〇・六パーセントまで減少するということはきわめて自然なことだ。生活そのものが、文字はパン・・・ 宮本百合子 「子供・子供・子供のモスクワ」
・・・ ヘリをとめるに、鋲は普通靴の踵にうたれるものだ。マヤコフスキーの屍のはいている靴には、鋲が、爪先の真先にガッチリうちこまれ、それも減ってつるつるに光っている。 煌々たる広間の電燈は、自身それに追いつきかねながらも最後までソヴェト権・・・ 宮本百合子 「ソヴェトの芝居」
出典:青空文庫