・・・ と、小母さんは白い顔して、ぺろりとその真紅な舌。 小僧は太い白蛇に、頭から舐められた。「その舌だと思ったのが、咽喉へつかえて気絶をしたんだ。……舌だと思ったのが、糠袋。」 とまた、ぺろりと見せた。「厭だ、小母さん。」・・・ 泉鏡花 「絵本の春」
・・・ と目を上ざまに細うして、下唇をぺろりと嘗めた。肩も脛も懐も、がさがさと袋を揺って、「こりゃ、何よ、何だぜ、あのう、己が嫁さんに遣ろうと思って、姥が店で買って来たんで、旨そうだから、しょこなめたい。たった一ツだな。みんな嫁さんに遣る・・・ 泉鏡花 「海異記」
・・・ と、虫の声で、青蚯蚓のような舌をぺろりと出した。怪しい小男は、段を昇切った古杉の幹から、青い嘴ばかりを出して、麓を瞰下しながら、あけびを裂いたような口を開けて、またニタリと笑った。 その杉を、右の方へ、山道が樹がくれに続いて、木の・・・ 泉鏡花 「貝の穴に河童の居る事」
・・・といって、目を剥いて、脳天から振下ったような、紅い舌をぺろりと出したのを見て、織次は悚然として、雲の蒸す月の下を家へ遁帰った事がある。 人間ではあるまい。鳥か、獣か、それともやっぱり土蜘蛛の類かと、訪ねると、……その頃六十ばかりだった織・・・ 泉鏡花 「国貞えがく」
・・・と、しゃしんやさんが いいますと、正ちゃんは、したを ぺろりと だしました。 これを みて いた おともだちは、正ちゃんの わんぱくに あきれました。「正ちゃん ごらんなさい、おねえちゃんは おぎょうぎが いいこと。」と、お・・・ 小川未明 「しゃしんやさん」
・・・仲居さんが差し出したお勘定書を見た途端、あの人は失敗たと叫んで、白い歯の間からぺろりと舌をだした。そしてみるみる蒼くなった。中腰のままだった。仲居さんは、あの人が財布の中のお金を取り出すのに、不自然なほど手間が掛るので、諦めてぺたりと坐りこ・・・ 織田作之助 「天衣無縫」
・・・そうして何か欲しいといっては長い舌を出してぺろりぺろりと自分の鼻を甞めた。太十が庭へおりると唯悦んで飛びついた。うっかり抱いて太十はよく其舌で甞められた。赤は太十をなくして畢ってぽさぽさと独りで帰ることがある。春といっても横にひろがった薺が・・・ 長塚節 「太十と其犬」
出典:青空文庫