・・・「緋、緋の法衣を着たでござります、赤合羽ではござりません。魔、魔の人でござりますが。」とガタガタ胴震いをしながら、躾めるように言う。「さあ、何か分らぬが、あの、雪に折れる竹のように、バシリとした声して……何と云った。 源助、・・・ 泉鏡花 「朱日記」
・・・たちまち、法衣を脱ぎ、手早く靴を投ると、勢よく沼へ入った。 続いて、赤少年が三人泳ぎ出した。 中心へ近づくままに、掻く手の肱の上へ顕われた鼻の、黄色に青みを帯び、茸のくさりかかったような面を視た。水に拙いのであろう。喘ぐ――しかむ、・・・ 泉鏡花 「神鷺之巻」
・・・脊の高い瘠男の、おなじ毛糸の赤襯衣を着込んだのが、緋の法衣らしい、坊主袖の、ぶわぶわするのを上に絡って、脛を赤色の巻きゲエトル。赤革の靴を穿き、あまつさえ、リボンでも飾った状に赤木綿の蔽を掛け、赤い切で、みしと包んだヘルメット帽を目深に被っ・・・ 泉鏡花 「燈明之巻」
・・・ モウパッサンが普仏戦争を題材にした一篇の読みだしは、「巴里は包囲されて飢えつつ悶えている。屋根の上に雀も少くなり、下水の埃も少くなった。」と言うのではなかったか。 雪の時は――見馴れぬ花の、それとは違って、天地を包む雪であるから、・・・ 泉鏡花 「二、三羽――十二、三羽」
・・・細面の色の白いのが、鼠の法衣下の上へ、黒縮緬の五紋、――お千さんのだ、振の紅い――羽織を着ていた。昨夜、この露路に入った時は、紫の輪袈裟を雲のごとく尊く絡って、水晶の数珠を提げたのに。―― と、うしろから、拳固で、前の円い頭をコツンと敲・・・ 泉鏡花 「売色鴨南蛮」
・・・墨染の麻の法衣の破れ破れな形で、鬱金ももう鼠に汚れた布に――すぐ、分ったが、――三味線を一挺、盲目の琵琶背負に背負っている、漂泊う門附の類であろう。 何をか働く。人目を避けて、蹲って、虱を捻るか、瘡を掻くか、弁当を使うとも、掃溜を探した・・・ 泉鏡花 「伯爵の釵」
・・・ 石を四五壇、せまり伏す枯尾花に鼠の法衣の隠れた時、ばさりと音して、塔婆近い枝に、山鴉が下りた。葉がくれに天狗の枕のように見える。蝋燭を啄もうとして、人の立去るのを待つのである。 衝と銜えると、大概は山へ飛ぶから間違はないのだが、怪・・・ 泉鏡花 「夫人利生記」
・・・寸々に裂けたる鼠の法衣を結び合せ、繋ぎ懸けて、辛うじてこれを絡えり。 容貌甚だ憔悴し、全身黒み痩せて、爪長く髯短し、ただこれのみならむには、一般乞食と変わらざれども、一度その鼻を見る時は、誰人といえども、造化の奇を弄するも、また甚だしき・・・ 泉鏡花 「妖僧記」
・・・ 重役の二三人は新聞記者に包囲されていた。自分に特に面会を求めたのも新聞記者であって、或人は損害の程度を訊いた。或人は保険の額を訊いた。或人は営業開始の時期を訊いた。或人は焼けた書籍の中の特記すべきものを訊いた。或人は丸善の火災が文明に・・・ 内田魯庵 「灰燼十万巻」
・・・ら持ち伝えた山を拓いて新らしい果樹園を造ろうとしたようなもので、その策は必ずしも無謀浅慮ではなかったが、ただ短兵急に功を急いで一時に根こそぎ老木を伐採したために不測の洪水を汎濫し、八方からの非難攻撃に包囲されて竟にアタラ九仭の功を一簣に欠く・・・ 内田魯庵 「四十年前」
出典:青空文庫