・・・女房はもとけちな女中奉公をしていたもので十七になるまでは貧乏な人達を主人にして勤めたのだ。 ある日曜日に暇を貰って出て歩くついでに、女房は始めてツァウォツキイと知合いになった。その時ツァウォツキイは二色のずぼんを穿いていた。一本の脚は黄・・・ 著:モルナールフェレンツ 訳:森鴎外 「破落戸の昇天」
・・・この綱は二本の繊維素で出来ている所謂る綱であり、この綱は捻じれたままの方向に捻じればますます強くなるだけだが、一たび逆に捻じれば直ちに断ち切れ、鵜の首を自由にしてその生命を救う仕掛けを持った綱であった。 私は物の運動というものの理想を鵜・・・ 横光利一 「鵜飼」
・・・亀山で奉公して十五円貰うてたのやが、どだい、こうなったらもうわやや。医者が持たん云いさらしてさ、往生したわ。」「ふむ、それは気の毒なことやなア、長いこと見んで、私ゃもうすっかり見忘れて了うたわ。何年程になるなア?」「九年や。」「・・・ 横光利一 「南北」
・・・ 氏が『麦』によってなしたところは、この方向に進むものとしては、あのままでいいのかもしれない。しかし自己の情緒を中心とする場合には、勢いその情緒の範囲の内に画が局限せられる恐れもある。従って一方には自己の情緒を深め、強め、あるいは分化さ・・・ 和辻哲郎 「院展日本画所感」
出典:青空文庫