・・・その頃訴訟のため度々上府した幸手の大百姓があって、或年財布を忘れて帰国したのを喜兵衛は大切に保管して、翌年再び上府した時、財布の縞柄から金の員数まで一々細かに尋ねた後に返した。これが縁となって、正直と才気と綿密を見込まれて一層親しくしたが、・・・ 内田魯庵 「淡島椿岳」
・・・と、杜氏は主人が保管している謄写版刷りの通帳を与助の前につき出した。その規約によると、誠心誠意主人のために働いた者には、解雇又は退隠の際、或は不時の不幸、特に必要な場合に限り元利金を返還するが、若し不正、不穏の行為其他により解雇する時には、・・・ 黒島伝治 「砂糖泥棒」
・・・おおみそかを控え、それでも平気でぱっぱっ使ってしまいますゆえ、あなたの方で保管、適当にお渡し下さいまし。もっと送ってあげたく思いましたが、僕もいっぱいの生活でどうにもできません。麹町区内幸町武蔵野新聞社文芸部、長沢伝六。太宰治様、令閨様。」・・・ 太宰治 「虚構の春」
・・・多くは無いが、おまえが一家を創生するだけの、それくらいの財産は、おれのうちで、ちゃんと保管してあります。東京での二年間のことは、これからのおまえの生涯に、かえって薬になるかも知れぬ。過ぎ去ったことは、忘れろ。そういっても、無理かも知れぬが、・・・ 太宰治 「火の鳥」
・・・ 領事のほうからは、本国の家族から事後の処置に関する返電の来るまで遺骸をどこかに保管してもらいたいという話があって、結局M教授の計らいでM大学の解剖学教室でそれを預かることになった。 同教室に運ばれた遺骸に防腐の薬液を注射したのは、・・・ 寺田寅彦 「B教授の死」
・・・にて家族の者差当り自分の処分に迷うべし仍て余の意見を左に記す一 玄太郎せつの両人は即時学校をやめ奉公に出ずべし一 母上は後藤家の厄介にならせらるるを順当とす一 玄太郎、せつの所得金は母上の保管を乞うべし一 富継健三の養育は柳・・・ 二葉亭四迷 「遺言状・遺族善後策」
・・・そうして、幸運の手紙を廻り出させる世の中のありようを保管しておく紙袋はどこにあるとも思えないのだろう。〔一九三九年八月〕 宮本百合子 「幸運の手紙のよりどころ」
・・・掠奪する中国人を捕え、品物を出させ、それをステーションの貨物倉庫へ番兵つきで保管した。追い追い村へ戻って来た中国村民がそれを見て、びっくりした。そればかりではなかった。村道は清潔に整理されている。屋根に赤旗の翻る一軒の民家には村ソヴェトが組・・・ 宮本百合子 「五ヵ年計画とソヴェトの芸術」
・・・の人民的保管の必要は焦眉の急である。美術的国宝を社寺とひきはなすことも緊急である。〔一九四九年三月〕 宮本百合子 「国宝」
出典:青空文庫