・・・十五夜あたりの月が明るくて火口の光はただわずかにそれと思われるくらいであった。背の低い肥ったバリトン歌手のシニョル・サルヴィは大きな腹を突き出して、「ストロンボーリ、ストロンボーリ」とどなりながら甲板を忙しげに行ったり来たりしていた。故国に・・・ 寺田寅彦 「旅日記から(明治四十二年)」
・・・例えば三原山の火口に人を呼ぶ死神などもみんな新聞の反古の中から生れたものであることは周知のことである。 第三十八段、名利の欲望を脱却すべきを説く条など、平凡な有りふれの消極的名利観のようでもあるが、しかしよく読んでみると、この著者の本旨・・・ 寺田寅彦 「徒然草の鑑賞」
・・・雪渓に高山植物を摘み、火口原の砂漠に矮草の標本を収めることも可能である。 同種の植物の分化の著しいことも相当なものである。夏休みに信州の高原に来て試みに植物図鑑などと引き合わせながら素人流に草花の世界をのぞいて見ても、形態がほとんど同じ・・・ 寺田寅彦 「日本人の自然観」
・・・海の中にもぐった時に聞こえる波打ちぎわの砂利の相摩する音や、火山の火口の奥から聞こえて来る釜のたぎるような音なども思い出す。もしや獅子や虎でも同じような音を立てるものだったら、この音はいっそう不思議なものでありそうである。それが聞いてみたい・・・ 寺田寅彦 「ねずみと猫」
・・・これについて思い出すのは十余年前の夏大島三原火山を調べるために、あの火口原の一隅に数日間のテント生活をした事がある。風のない穏やかなある日あの火口丘の頂に立って大きな声を立てると前面の火口壁から非常に明瞭な反響が聞こえた。おもし・・・ 寺田寅彦 「化け物の進化」
・・・紺碧のナポリの湾から山腹を逆様に撫で上げる風は小豆大の砂粒を交えてわれわれの頬に吹き付けたが、ともかくも火口を俯瞰するところまでは登る事が出来た。下り坂の茶店で休んだときにそこのお神さんが色々の火山噴出物の標本やラヴァやカメーの細工物などを・・・ 寺田寅彦 「二つの正月」
・・・それからあの昔の火口のあとにはいって僕は二時間ねむった。ほんとうにねむったのさ。するとね、ガヤガヤ云うだろう、見るとさっきの人たちがやっと登って来たんだ。みんなで火口のふちの三十三の石ぼとけにね、バラリバラリとお米を投げつけてね、もうみんな・・・ 宮沢賢治 「風野又三郎」
出典:青空文庫