・・・ちょうど反古同様の浮世絵が、一枚何千円にもなると同様である。それと反対に、もし外国の雑誌にでも、ちょっとした、いい加減な悪口でも出ると、それがあたかも非常な国辱ででもあるように感ぜらるる。 こんな心細い状態が、いつまでつづくのだろう。・・・ 寺田寅彦 「鑢屑」
・・・質的に間違った仮定の上に量的には正しい考究をいくら積み上げても科学の進歩には反古紙しか貢献しないが、質的に新しいものの把握は量的に誤っていても科学の歩みに一大飛躍を与えるのである。ダイアモンドを掘り出せば加工はあとから出来るが、ガラスはみが・・・ 寺田寅彦 「量的と質的と統計的と」
・・・そうすると、ちょうど荷物の包み紙になっていた反古同様の歌麿や広重が一躍高貴な美術品に変化したと同様の現象を呈するかもしれない。ただ困った事には、目で見ればわかる絵画とちがって、「国語」を要素とする連句がほんとうに西洋人に「わかる」見込みはな・・・ 寺田寅彦 「連句雑俎」
・・・戦敗の世は人挙って米の価を議するにいそがしく、花を保護する暇がないであろう。 真間の町は東に行くに従って人家は少く松林が多くなり、地勢は次第に卑湿となるにつれて田と畠とがつづきはじめる。丘阜に接するあたりの村は諏訪田とよばれ、町に近いあ・・・ 永井荷風 「葛飾土産」
・・・しかしいずれも凡作見るに堪えざる事を知って、稿半にして筆を投じた反古に過ぎない。この反古を取出して今更漉返しの草稿をつくるはわたしの甚忍びない所である。さりとて旧友の好意を無にするは更に一層忍びがたしとする所である。 窮余の一策は辛うじ・・・ 永井荷風 「十日の菊」
・・・うありませんが、蒸汽は七時まで御在ますと言うのに、やや腰を据え、舟なくば雪見がへりのころぶまで舟足を借りておちつく雪見かな その頃、何や彼や書きつけて置いた手帳は、その後いろいろな反古と共に、一たばねにして大川へ流してし・・・ 永井荷風 「雪の日」
・・・現に科学者哲学者などは直接世間と取引しては食って行けないからたいていは政府の保護の下に大学教授とか何とかいう役になってやっと露命をつないでいる。芸術家でも時に容れられず世から顧みられないで自然本位を押し通す人はずいぶん惨澹たる境遇に沈淪して・・・ 夏目漱石 「道楽と職業」
・・・がその個人的に出来上った芸術家でも、彼ら同業者の利益を団体として保護するためには、会なり倶楽部なり、組合なりを組織して、規則その他の束縛を受ける必要ができてくる。彼らの或者は今現にこれを実行しつつある。してみれば放縦不羈を生命とする芸術家で・・・ 夏目漱石 「中味と形式」
・・・ 監獄で私達を保護するものは、私達を放り込んだ人間以外にはないんだ。そこの様子はトルコの宮廷以上だ。 私の入ってる間に、一人首を吊って死んだ。 監獄に放り込まれるような、社会運動をしてるのは、陽気なことじゃないんです。 ヘイ・・・ 葉山嘉樹 「牢獄の半日」
・・・平田さんから私んとこへ来た手紙の中で、反故にしちゃ、あんまり義理が悪いと思うのだけ、昨夜調べて別にしておいたんだよ。もうしまっておいたって仕様がないし、残しときゃ手拭紙にでもするんだが、それもあんまり義理が悪いようだし、お前さんに預けておく・・・ 広津柳浪 「今戸心中」
出典:青空文庫