・・・そしてまた、大部分のものが、何とアメリカシャボンの包紙の反古みたいなものでしょう。どこにもない様に顔の小さい、足の長い美人たちが、それが商売である図案家によって、奇想天外に考え出されたモードのおしゃれをして、たったり坐ったり寝そべったりして・・・ 宮本百合子 「若人の要求」
・・・だから忠利の心では、この人々を子息光尚の保護のために残しておきたいことは山々であった。またこの人々を自分と一しょに死なせるのが残刻だとは十分感じていた。しかし彼ら一人一人に「許す」という一言を、身を割くように思いながら与えたのは、勢いやむこ・・・ 森鴎外 「阿部一族」
・・・それを言明しても、果物が堅実な核を蔵しているように、神話の包んでいる人生の重要な物は、保護して行かれると思っている。彼を承認して置いて、此を維持して行くのが、学者の務だと云うばかりではなく、人間の務だと思っている。 そこで秀麿は父と自分・・・ 森鴎外 「かのように」
・・・「誓言を反古にする犬侍め」と甚五郎がののしると、蜂谷は怒って刀を抜こうとした。甚五郎は当身を食わせた。それきり蜂谷は息を吹き返さなかった。平生何事か言い出すとあとへ引かぬ甚五郎は、とうとう蜂谷の大小を取って、自分の大小を代りに残して立ち退い・・・ 森鴎外 「佐橋甚五郎」
・・・辻堂を大きくしたようなこの寺の本堂の壁に、新聞反古を張って、この坊さんが近頃住まっているのである。 主人は嬉しそうな顔をして、下女を呼んで言い附けた。「饂飩がまだあるなら、一杯熱くして寧国寺さんに上げないか。お寒いだろうから。」・・・ 森鴎外 「独身」
・・・ 石田は、縁の隅に新聞反古の上に、裏と裏とを合せて上げてあった麻裏を取って、庭に卸して、縁から降り立った。 花壇のまわりをぶらぶら歩く。庭の井戸の石畳にいつもの赤い蟹のいるのを見て、井戸を上から覗くと、蟹は皆隠れてしまう。苔の附いた・・・ 森鴎外 「鶏」
・・・そこで、彼は蒼ざめた顔をして保護色を求める虫のように、一日丘の青草の中へ坐っていた。日が暮れかかると彼は丘を降りて街の中へ這入って行った。時には彼は工廠の門から疲労の風のように雪崩れて来る青黒い職工達の群れに包まれて押し流された。彼らは長蛇・・・ 横光利一 「街の底」
出典:青空文庫