・・・時にかの蝦蟇法師は、どこを徘徊したりけむ、ふと今ここに来れるが、早くもお通の姿を見て、眼を細め舌なめずりし、恍惚たるもの久しかりし、乞食僧は美人臭しとでも思えるやらむ、むくむく鼻を蠢かし漸次に顔を近附けたる、面が格子を覗くとともに、鼻は遠慮・・・ 泉鏡花 「妖僧記」
・・・戸が細目にあいてるから、省作は御免下さいと言いながら内へはいった。表座敷の方では年寄りたちが三、四人高笑いに話してる。今省作がはいったのを知らない。省作は庭場の上がり口へ回ってみると煤けて赤くなった障子へ火影が映って油紙を透かしたように赤濁・・・ 伊藤左千夫 「隣の嫁」
・・・ おばあさんは起きてきて、戸を細めにあけて外をのぞきました。すると、一人の色の白い女が戸口に立っていました。 女はろうそくを買いにきたのです。おばあさんは、すこしでもお金がもうかることなら、けっして、いやな顔つきをしませんでした。・・・ 小川未明 「赤いろうそくと人魚」
・・・ お婆さんは起きて来て、戸を細目にあけて外を覗きました。すると、一人の色の白い女が戸口に立っていました。 女は蝋燭を買いに来たのです。お婆さんは、少しでもお金が儲かるなら、決していやな顔付をしませんでした。 お婆さんは、蝋燭の箱・・・ 小川未明 「赤い蝋燭と人魚」
・・・はれぼったい瞼をした眼を細めて、こちらを見た。近視らしかった。 湯槽にタオルを浸けて、「えらい温るそうでんな」 馴々しく言った。「ええ、とても……」「……温るおまっか。さよか」 そう言いながら、男はどぶんと浸ったが、・・・ 織田作之助 「秋深き」
・・・近眼の紀代子は豹一らしい姿に気づくと、確めようとして眉の附根を引き寄せて、眼を細めていた。そんな表情がいっそう豹一の心を刺した。胃腸の悪い紀代子はかねがね下唇をなめる癖があり、この時もおや花火をあげてると思ってなめていた。いきなり、豹一は逃・・・ 織田作之助 「雨」
・・・表の戸は二寸ばかり細目に開けてあるのを、音のせぬように開けて、身体を半分出して四辺を見まわすようであったが、ツと外に出た。軒下に立っているのが昨夜お梅から『お菊さんによろしく』と冷やかされた男。『オヤ磯さん? なぜそんなところに立ってる・・・ 国木田独歩 「郊外」
・・・そして御隠居さんの寝間の障子を細目にあけ、敷居のところに手をついて、毎朝の御機嫌を伺ったものだという。年若い頃のお三輪に、三年の茶の道と、三味線や踊りの芸を仕込んでくれたのも母だ。財産も、店の品物も、着物も、道具も――一切のものを失った今と・・・ 島崎藤村 「食堂」
・・・袖も細めに、袖口には、小さい金ボタンを四つずつ縦に並べて附けさせました。黒の、やや厚いラシャ地でした。これを冬の外套として用いました。この外套には、白線の制帽も似合って、まさしく英国の海軍将校のように見えるだろうと、すこし自信もあったようで・・・ 太宰治 「おしゃれ童子」
・・・海浜の宿の籐椅子に、疲れ果てた細長いからだを埋めて、まつげの長い大きい眼を、まぶしそうに細めて海を見ている。蓬髪は海の風になぶられ、品のよい広い額に乱れかかる。右頬を軽く支えている五本の指は鶺鴒の尾のように細長くて鋭い。そのひとの背後には、・・・ 太宰治 「風の便り」
出典:青空文庫