雨傘をさし、爪革のかかった下駄をはいて、小さい本の包みをかかえながら、私は濡れた鋪道を歩いていた。夕方七時すぎごろで、その日は朝からの雨であった。私は、その夜手許におかなければならない本があったし、かたがたうちにいるのがい・・・ 宮本百合子 「映画」
・・・勇敢な看護婦・皇后エリザベスは小柄で華奢で、しかも強靭な身ごなしで、歩道によせられた自動車から降り立った。その背たけはすぐわきに立っていた私より、ほんの頭ぐらいしか高くなかった。どこでも、私はその学校ナイズすることが不得手で、大正の初めに苦・・・ 宮本百合子 「女の学校」
・・・に撮されているようなごろた石を鋪道にしたような裏通りまで、カフェーの前あたりはもとより往来のあっちからこっち側へと一列ながら花電球も吊るされ、青い葉を飾った音楽師の台が一つの通りに一つはつくられて、街という街は踊る男女の群集で溢れる。 ・・・ 宮本百合子 「十四日祭の夜」
・・・同じ窓から銀杏並木のある歩道の一部が見下せた。どういう加減かあっちへ行く人ばかり四五人通ってしまったら、往来がとだえ電車も通らない。不意と紺ぽい背広に中折帽を少しななめにかぶった確りした男の姿が歩道の上に現れたと思うと、そのわきへスーと自動・・・ 宮本百合子 「刻々」
・・・ ザーッ、ザッと鋪道を洗い、屋根にしぶいて沛然と豪雨になった。「ふーゥ、たすかった!」「これでいい。いい塩梅だ!」「これだけ降っちゃデモれないからな」 彼等は、上野の山で解散したデモのくずれが、各所で狼火のような分散デモ・・・ 宮本百合子 「刻々」
・・・ひろい板がこいの上は生産に従う労働者と農民の鮮やかなパノラマ式画でおおわれ、赤いイルミネーションが、こっち側の歩道を歩く群集からも読める。 レーニニズムノ旗高ク 五ヵ年計画ヲ四年デ! たなびく赤旗が強烈な夜の逆電光をうけとるとい・・・ 宮本百合子 「子供・子供・子供のモスクワ」
・・・手入れの行届いたモーニングを着て、細身のケーンを持ちながら、日影のちらつく歩道の樹蔭を静かに行くのが彼の作品の後姿である。 去年の夏頃米国に来遊して間もなく“Saint's Progress”と云う四百頁余の長篇が出版されて六月から八月・・・ 宮本百合子 「最近悦ばれているものから」
・・・こうやって彼等と同じテムポで同じ鋪道を歩いている自分が、この社会の生活の意味と値うちをこんなに理解し愛している自分が、実は彼等と全く違ったもので、どんな具体的な組合わせにもあみこまれていない存在であるというのはどういうことであろう。 こ・・・ 宮本百合子 「坂」
・・・ 日本女は、寂しい歩道をときどき横に並んでる家の羽目へ左手をつっぱりながら歩いて行った。本当は新しい防寒靴をもうとっくに買わなければならない筈なんだ。底でゴムの疣が減っちまったら、こんな夜歩けるものじゃない。 橋へ出た。木の陸橋だ。・・・ 宮本百合子 「三月八日は女の日だ」
・・・ 明るく西日のさす横通りで、壁に影を印しながら赤や碧の風船玉を売っていた小さい屋台も見えなくなった。何処からとなく靄のように、霧のように夕暮が迫って来た。 舗道に人通りがぐっと殖え、遙か迄見とおしのきいていた街路の目路がぼやけて来た・・・ 宮本百合子 「小景」
出典:青空文庫