・・・ 自分は幾度となく、青い水に臨んだアカシアが、初夏のやわらかな風にふかれて、ほろほろと白い花を落すのを見た。自分は幾度となく、霧の多い十一月の夜に、暗い水の空を寒むそうに鳴く、千鳥の声を聞いた。自分の見、自分の聞くすべてのものは、ことご・・・ 芥川竜之介 「大川の水」
・・・すると今度はじょあんなおすみも、足に踏んだ薪の上へ、ほろほろ涙を落し出した。これからはらいそへはいろうとするのに、用もない歎きに耽っているのは、勿論宗徒のすべき事ではない。じょあん孫七は、苦々しそうに隣の妻を振り返りながら、癇高い声に叱りつ・・・ 芥川竜之介 「おぎん」
・・・やがてクララの眼に涙が溢れるほどたまったと思うと、ほろほろと頬を伝って流れはじめた。彼女はそれでも真向にフランシスを見守る事をやめなかった。こうしてまたいくらかの時が過ぎた。クララはただ黙ったままで坐っていた。「神の処女」 フランシ・・・ 有島武郎 「クララの出家」
・・・合せ目も中透いて、板も朽ちたり、人通りにはほろほろと崩れて落ちる。形ばかりの竹を縄搦げにした欄干もついた、それも膝までは高くないのが、往き還り何時もぐらぐらと動く。橋杭ももう痩せて――潮入りの小川の、なだらかにのんびりと薄墨色して、瀬は愚か・・・ 泉鏡花 「海の使者」
・・・ 乳も白々と、優しさと可懐しさが透通るように視えながら、衣の綾も衣紋の色も、黒髪も、宗吉の目の真暗になった時、肩に袖をば掛けられて、面を襟に伏せながら、忍び兼ねた胸を絞って、思わず、ほろほろと熱い涙。 お妾が次の室から、「切れま・・・ 泉鏡花 「売色鴨南蛮」
・・・ただ岩の上に咲いた、らんの白い花が、かすかに香って、穏やかな、暖かな風にほろほろと散って落ちるばかりでありました。 こうして、一日はたち、やがて十年、二十年とたちます。百年、二百年とたちます。けれどそこばかりは、いつも日が上がって、暮れ・・・ 小川未明 「ものぐさじじいの来世」
・・・ 悪々しい皮肉を聞かされて、グッと行きづまって了い、手を拱んだまま暫時は頭も得あげず、涙をほろほろこぼしていたが、「母上さん、それは余りで御座います」とようように一言、母は何所までも上手、「何が余だね、それは此方の文句だよ。チョ・・・ 国木田独歩 「酒中日記」
・・・の花がほろほろこぼれているような夏の日盛りの場面がその背景となっているのである。 父はいろいろの骨董道楽をしただけに煙草道具にもなかなか凝ったものを揃えていた。その中に鉄煙管の吸口に純金の口金の付いたのがあって、その金の部分だけが螺旋で・・・ 寺田寅彦 「喫煙四十年」
・・・桶をたたく音は向こうの丘に反響して楝の花がほろほろこぼれる。 寺田寅彦 「花物語」
・・・に次いで「ほろほろ……こぼるる」の来るような擬音的重畳形容詞の連続する例である。これは連続する場合もあり、四五句目に現われる場合もはなはだ多い。上の例では「ほろほろ」から四句目に「だんだんに」が来る。同じ百韻中で調べてみると前のほうにある「・・・ 寺田寅彦 「連句雑俎」
出典:青空文庫