・・・おとよは身のこなし、しとやかで品位がある。女中は感に堪えてか、お愛想か、「お羨ましいことねい」「アハヽヽヽヽ今日はそれでも、羨ましいなどといわれる身になったかな」 おとよは改めて自分から茶を省作に進め、自分も一つを啜って二人はす・・・ 伊藤左千夫 「春の潮」
・・・ 僕はきまりが悪い気がしたが、お袋にうぶな奴と見抜かれるのも不本意であったから、そ知らぬふりに見せかけ、「お父さんにもお目にかかっておきたいから、夕飯を向うのうなぎ屋へ御案内致しましょうか? おッ母さんも一緒に来て下さい」「それ・・・ 岩野泡鳴 「耽溺」
・・・命須らく薄命に非ざるを知るべし 夜台長く有情郎に伴ふ 犬山道節火遁の術は奇にして蹤尋ねかたし 荒芽山畔日将にしずまんとす 寒光地に迸つて刀花乱る 殺気人を吹いて血雨淋たり 予譲衣を撃つ本意に非ず 伍員墓を発く豈初心ならん 品・・・ 内田魯庵 「八犬伝談余」
・・・それはどこまでも内容を本位とするものでなければならない。 小川未明 「文章を作る人々の根本用意」
・・・だから、今、武田さんの真似をした書出しを使うのは、私の本意ではない。しかも敢て真似をするのは、武田さんをしのぶためである。武田さんが死んだからである。してみれば、武田さんが死ななければこんな書出しを使わなかった筈だ。ますます私の本意ではない・・・ 織田作之助 「四月馬鹿」
・・・これは私の本意ではなかった。しかし、かえりみれば、私という人間の感受性は、小説を書くためにのみ存在しているのだと今はむしろ宿命的なものさえ考えている。 こうした考え方は、誇張であろう。しかし、誇張でないいかなる文学があろうか。最近よんだ・・・ 織田作之助 「私の文学」
・・・脚を一本お貰い申したがね、何の、君、此様な脚の一本位、何でもないさねえ。君もう口が利けるかい?」 もう利ける。そこで一伍一什の話をした。 著:ガールシンフセヴォロド・ミハイロヴィチ 訳:二葉亭四迷 「四日間」
・・・「じつは、僕も発起人の一人となっていて、今さらこんな我儘を言ってすまないわけだが、原口君とか馬越君とかそうした親しい友人を除外した、全然出版屋政策本位の会だとすると、僕の気持としては、出席したくはないのだ。もともとそうした動機からなりた・・・ 葛西善蔵 「遁走」
・・・恋愛の最高原理を運命におかずして、選択におくことは決して私の本意ではない。それは結婚の神聖と夫婦の結合の非功利性とを説明し得ない。私は「運命的な恋愛をせよ」と青年学生に最後にいわなければならないのだ。私自身は恋愛が選択を越えたものであること・・・ 倉田百三 「学生と生活」
・・・情緒の過剰は品位を低くする。嬌態がすぎると春婦型に堕ちる。ワイニンゲルがいうように、女性はどうしても母型か春婦型かにわかれる。そして前にいったように、恋愛は娘が母となるための通路である。聖母にまで高まり、浄まらなければならない娘の恋が肉体と・・・ 倉田百三 「女性の諸問題」
出典:青空文庫