・・・当時の文章教育というのは古文の摸倣であって、山陽が項羽本紀を数百遍反覆して一章一句を尽く暗記したというような教訓が根深く頭に染込んでいて、この根深い因襲を根本から剿絶する事が容易でなかった。二葉亭も根が漢学育ちで魏叔子や壮悔堂を毎日繰返し、・・・ 内田魯庵 「二葉亭余談」
・・・なんぞという英物が出て来る、「乃公はそんなら本紀列伝を併せて一ト月に研究し尽すぞ」という豪傑が現われる。そんな工合で互に励み合うので、ナマケル奴は勝手にナマケて居るのでいつまでも上達せぬ代り、勉強するものはズンズン上達して、公平に評すれば畸・・・ 幸田露伴 「学生時代」
・・・日本紀に角子を「あげまきからわ」と訓してあるそうで、もしかすると「からわ」また「からは」は初めには頭を意味したかもしれない。とにかくロシアの golova, glava、チェッコの hlava, ズールの inhloko等いずれも「カラワ」・・・ 寺田寅彦 「言葉の不思議」
・・・ この夢を見た夜は寝しなに続日本紀を読んだ。そうして橘奈良麻呂らの事件にひどく神経を刺激された、そのせいもいくらかあったかもしれない。臆病者はよくこんな夢を見る。 寺田寅彦 「LIBER STUDIORUM」
・・・ 我国民の思想指導及び学問教育の根本方針は何処までも深く国体の本義に徹して、歴史的現実の把握と世界的世界形成の原理に基かねばならない。英米的思想の排撃すべきは、自己優越感を以て東亜を植民地視するその帝国主義にあるのでなければならない・・・ 西田幾多郎 「世界新秩序の原理」
人物の善悪を定めんには我に極美なかるべからず。小説の是非を評せんには我に定義なかる可らず。されば今書生気質の批評をせんにも予め主人の小説本義を御風聴して置かねばならず。本義などという者は到底面白きものならねば読むお方にも・・・ 二葉亭四迷 「小説総論」
・・・は美術展覧会の裸体画を撤回させ「モリエールの作品が孝行の本義に背くと云って、その全訳を発禁に処した。そして更に時の首相陶庵公が序文を附したゾラの一訳書が、西園寺内閣の内務大臣によって発禁されたこともあった」 当時「文芸委員会」の委員であ・・・ 宮本百合子 「矛盾の一形態としての諸文化組織」
・・・要するに現代の道徳は本義として「物質的超越と霊的執着とをもって自ら処決せよ」と求む。言い変うれば「利己」を脱して精神的自覚の上に立ち汝の義務をなし果たせというにある。しかるに外面に表われたる道徳は形式と因襲に伝えられてその精神を忘れ去った。・・・ 和辻哲郎 「霊的本能主義」
出典:青空文庫