・・・が、実はホンの手解きしか稽古しなかった。その頃福地桜痴が琵琶では鼻を高くし、桜痴の琵琶には悩まされながらも感服するものが多かった。負けぬ気の椿岳は業を煮やして、桜痴が弾くなら俺だって弾けると、誰の前でも怯めず臆せずベロンベロンと掻鳴らし、勝・・・ 内田魯庵 「淡島椿岳」
・・・その後沼南昵近のものに訊くと、なるほど、抵当に入ってるのはホントウだが、これを抵当に取った債権者というは岳父であったそうだ。 これも或る時、ドウいう咄の連続であったか忘れたが、例の通り清貧咄をして「黒くとも米の飯を食し、綿布でも綿の入っ・・・ 内田魯庵 「三十年前の島田沼南」
・・・したがってホントウに通して読んだのは十二、三歳からだろうがそれより以前から拾い読みにポツポツ読んでいた。十四歳から十七、八歳までの貸本屋学問に最も夢中であった頃には少なくも三遍位は通して読んだので、その頃は『八犬伝』のドコかが三冊や四冊は欠・・・ 内田魯庵 「八犬伝談余」
・・・そういう方面の交際を全く嫌った私の生野暮を晒って、「遊蕩も少しはして見ないとホントウの人生が解らんものだ、一つ何処かイイ処へ案内しようじゃないか、」と能く云い云いした。 二葉亭のお父さんは尾州藩だったが、長い間の江戸詰で江戸の御家人化し・・・ 内田魯庵 「二葉亭余談」
・・・の猶太人からリーフレットを受取って、それを二日のうちに全部まいてしまった。そのために、逮捕せられ、あらゆるひどい拷問に付せられたが、共犯者を白状しなかった。 以上は、「義人ジミー」のホンの荒筋である。枚数が長くなることが気になって非常に・・・ 黒島伝治 「反戦文学論」
・・・その別に取立てて云うほどの何があるでも無い眼を見て、初めて夫がホントに帰って来たような気がし、そしてまた自分がこの人の家内であり、半身であると無意識的に感じると同時に、吾が身が夫の身のまわりに附いてまわって夫を扱い、衣類を着換えさせてやった・・・ 幸田露伴 「鵞鳥」
・・・これはそのホンの一部だ。私は又別な機会に次々とそれを紹介して行きたいと思っている。 小林多喜二 「独房」
・・・妹は唇のホンの隅だけを動かして、冷い表情をかえしたきりだった。妹と特高のその様子を見た母の顔は急に変った。そして、口のあたりをモグ/\と動かした。が、何故か周章てゝ両手で、自分の口を抑えた。妹はその母をチラッと見ると、横を向いた。――その朝・・・ 小林多喜二 「母たち」
・・・「今咲いてますのは、ホンの丸咲か、牡丹種ぐらいなものです」と学士は高瀬に言った。「真実の獅子や手長と成ったら、どうしても後れますネ。そのうちに一つ塾の先生方を御呼び申したい……何がなくとも皆さんに集って頂いて、これで一杯進げられるようだ・・・ 島崎藤村 「岩石の間」
・・・するとまた、「ホントだ、あいつこんにゃく屋なんだネ」 と、違った声がいう。私は勇気がくじけて、みんなまできいてることが出来ない。こんにゃくを売ることも忘れて、ドンドンいまきた道をあと戻りして逃げてしまう。 こんなとき、私が、・・・ 徳永直 「こんにゃく売り」
出典:青空文庫