・・・続いて、一般の会葬者が、ぽつぽつ来はじめた。休所の方を見ると、人影がだいぶんふえて、その中に小宮さんや野上さんの顔が見える。中幅の白木綿を薬屋のように、フロックの上からかけた人がいると思ったら、それは宮崎虎之助氏だった。 始めは、時刻が・・・ 芥川竜之介 「葬儀記」
・・・この田舎育ちの子供が独りでぽつぽつ帰って行く日にはおげんはお新と二人で村はずれまで見送った。学校の生徒らしい夏帽子に土地風なカルサン穿きで、時々後方を振返り振返り県道に添うて歩いて行く小さな甥の後姿は、おげんの眼に残った。 三吉が帰って・・・ 島崎藤村 「ある女の生涯」
・・・友人にも世間の人たちにもおりを見てぽつぽつ知らせるつもりです。 きょうは実に書きにくい手紙を書きました。 十月二十三日父 楠雄 島崎藤村 「再婚について」
・・・ 昼近い頃には、ぽつぽつ食堂へ訪ねて来る客もあった。腰の低い新七は一々食堂の入口まで迎えに出て、客の帽子から杖までも自分で預かるくらいにした。そして客の註文を聞いたり、いろいろと取持ちをしたりする忙しい中で、ちょっとお三輪を見に来て、今・・・ 島崎藤村 「食堂」
・・・ 下りる途中に、先に投げた貝殻が道へぽつぽつ落ちている。綺麗な貝殻だから、未練にもまた拾って行きたくなる。あるだけは残らず拾ったけれどやっと、片手に充ちるほどしかない。 下りてみると章坊が淋しそうに山羊の檻を覗いて立っている。「・・・ 鈴木三重吉 「千鳥」
・・・夜がふけるとともにお客がぽつぽつ見えはじめた。やはり雪は、私の傍を離れなかったけれど、他のお客に対する私の敵意が、私をすこし饒舌にした。場のにぎやかな空気が私を浮き浮きさせたからでもあったろう。「君、僕の昨日のとこね、あれ、君、僕を馬鹿・・・ 太宰治 「断崖の錯覚」
一 雑嚢を肩からかけた勇吉は、日の暮れる時分漸く自分の村近く帰って来た。村と言っても、其処に一軒此処に一軒という風にぽつぽつ家があるばかりで、内地のようにかたまって聚落を成してはいなかった。それに、家屋も掘・・・ 田山花袋 「トコヨゴヨミ」
・・・まだ宵のうちは帳場の蓄音機が人寄せの佐渡おけさを繰り返していると、ぽつぽつ付近の丘の上から別荘の人たちが見物に出かけて来る。はじめは小さな女の子など、それに帳場の若い人たちが加わって踊っているうちに、だんだんにおとなも加わって、いつとなしに・・・ 寺田寅彦 「沓掛より」
・・・とでも云いたいような建物がぽつぽつ並んでいる。そしてやはり干からびた木乃伊のような人物が点在している。何と云っていいか分らないが、妙にきらきら明るくていて、それで陰気なおどろおどろしい景色である。dismal とか weird とか何かしら・・・ 寺田寅彦 「雑記(1[#「1」はローマ数字、1-13-21])」
・・・一、二月もたって近辺にぽつぽつバラックが建ち並ぶようになった頃に、思い出して行ってみたが、その店はまだ焼跡のままであった。料理場の跡らしい煉瓦の竈の崩れたのもそのままになっていた。この辺は地震の害もかなりひどくて人死にも相応にあったというか・・・ 寺田寅彦 「雑記(2[#「2」はローマ数字、1-13-22])」
出典:青空文庫