・・・「まあ、待ってくれ。そうしてその婆さんは、何を商売にしているんだ?」「占い者です。が、この近所の噂じゃ、何でも魔法さえ使うそうです。まあ、命が大事だったら、あの婆さんの所なぞへは行かない方が好いようですよ」 支那人の車夫が行って・・・ 芥川竜之介 「アグニの神」
・・・「まああなたがこの子を助けて下さいましたんですね。お礼の申しようも御座んせん」 すぐそばで気息せき切ってしみじみといわれるお婆様の声を私は聞きました。妹は頭からずぶ濡れになったままで泣きじゃくりをしながらお婆様にぴったり抱かれていま・・・ 有島武郎 「溺れかけた兄妹」
・・・「おやまあ」と貴夫人が云った。 それでも褐色を帯びた、ブロンドな髪の、残酷な小娘の顔には深い美と未来の霊とがある。 慈悲深い貴夫人の顔は、それとは違って、風雨に晒された跡のように荒れていて、色が蒼い。 貴夫人はもう誰にも光と・・・ 著:アルテンベルクペーター 訳:森鴎外 「釣」
・・・しかしそれも退屈だと見えて、直ぐに飛び上がって手を広げて、赤い唇で春の空気に接吻して「まあ好い心持だ事」といった。 その時何と思ったか、犬は音のしないように娘の側へ這い寄ったと思うと、着物の裾を銜えて引っ張って裂いてしまって、直ぐに声も・・・ 著:アンドレーエフレオニード・ニコラーエヴィチ 訳:森鴎外 「犬」
・・・A まあさ。「とうとう飽きたね」と君に言うね。それは君に言うのだから可い。おれは其奴を自分には言いたくない。B 相不変厭な男だなあ、君は。A 厭な男さ。おれもそう思ってる。B 君は何日か――あれは去年かな――おれと一緒に行っ・・・ 石川啄木 「一利己主義者と友人との対話」
・・・「お稲さん。」「ええ。」となつかしい低声である。「僕は大空腹。」「どこかで食べて来た筈じゃないの。」「どうして貴方に逢うまで、お飯が咽喉へ入るもんですか。」「まあ……」 黙ってしばらくして、「さあ。」 手・・・ 泉鏡花 「伊勢之巻」
・・・「まあ出しぬけに、どこかへでも来たのかい。まあどうしようか、すまないけど少し待って下さいよ。この桑をやってしまうから」「いや別にどこへ来たというのでもないです。お祖父さんの墓参をかねて、九十九里へいってみようと思って……」「・・・ 伊藤左千夫 「紅黄録」
・・・にも留めなかったが、誰だか鴎外に注意したものがあったと見えて、その後偶然フラリと鴎外を尋ねると、私の顔を見るなり、「イヤ失敬した、失敬した、アレは美妙が書いたんだってね、君かと思ったのでツイ失敬した、まあ勘弁してくれたまえ、」と気の毒そうに・・・ 内田魯庵 「鴎外博士の追憶」
・・・「まあ、青い、青い、星!」 電車の停留場に向かって、歩く途中で、ふと天上の一つの星を見て、こういいました。その星は、いつも、こんなに、青く光っていたのであろうか。それとも、今夜は、特にさえて見えるのだろうか。 彼女は、無意識のう・・・ 小川未明 「青い星の国へ」
・・・「じゃ、まあ談していておくんな。何だか心寂しくっていけねえ。」といつもにもないことを言う。「どうかしたんですか。」と私も怪しむと、「なあにね、いろんな事を考えこんでしまって、変な気持になったのさ。」と苦笑いをして、「君は幾歳・・・ 小栗風葉 「世間師」
出典:青空文庫