・・・その姿は何だか家庭に見るには、余りにみすぼらしい気のするものだった。氷も水に洗われた角には、きらりと電燈の光を反射していた。 けれども翌朝の多加志の熱は九度よりも少し高いくらいだった。Sさんはまた午前中に見え、ゆうべの洗腸を繰り返した。・・・ 芥川竜之介 「子供の病気」
・・・が、この服装のみすぼらしいのは、決して貧乏でそうしているのではないらしい。その証拠には襟でもシャツの袖口でも、皆新しい白い色を、つめたく肉の上へ硬ばらしている。恐らく学者とか何とか云う階級に属する人なので、完く身なりなどには無頓着なのであろ・・・ 芥川竜之介 「西郷隆盛」
・・・丸い柱や、両方のガラス窓が、はなはだみすぼらしい。正面には一段高い所があって、その上に朱塗の曲禄が三つすえてある。それが、その下に、一面に並べてある安直な椅子と、妙な対照をつくっていた。「この曲禄を、書斎の椅子にしたら、おもしろいぜ」――僕・・・ 芥川竜之介 「葬儀記」
・・・ やがてそれらの箱を小さな車に積んで、おばあさんはみすぼらしいふうをして、その車をだれも助けてくれるものもなく、一人で引いて、暗い道を帰ってゆくのです。そのとき、おばあさんはあや子を振り向いて、「私の家は、この道をどこまでもまっすぐ・・・ 小川未明 「海ほおずき」
・・・ ちょうど、そのとき、みすぼらしいようすをした女の乞食がお城の内へ入ってきました。女の乞食は門番が居眠りをしていましたので、だれにもとがめられることがなく、草履の音もたてずに、若草の上を踏んで、しだいしだいにお城の奥深く入ってきたのであ・・・ 小川未明 「お姫さまと乞食の女」
・・・ 崖の上に一軒のみすぼらしい茶屋があった。渋温泉に来た客は、此の地獄谷へ来るものはあっても、稀にしか崖を上って此の茶屋で休むものはなかろう。其の少ない客を頼りに此の茶屋は生活しているとしたら不安であると思われた。 都会の中心に生活し・・・ 小川未明 「渋温泉の秋」
・・・すると坂の下のところに、小さなみすぼらしい床屋がありました。「この床屋かしらん。」と、勇ちゃんは思ったが、まさかこんな汚らしい家ではあるまいというような気もして、その前までいってみると、木田の姿が、すぐ目にはいったのです。「勇ちゃん・・・ 小川未明 「すいれんは咲いたが」
・・・そこにあった、みすぼらしい小学校へは、遠く隣村から通ってくる年老った先生がありました。日の長い夏のころは、さほどでもなかったが、じきに暮れかかるこのごろでは、帰りに峠を一つ越すと、もう暗くなってしまうのでした。「先生、天気が変わりそうで・・・ 小川未明 「空晴れて」
・・・いつかのこちょうが、昔の面影もなく、みじめなみすぼらしいふうをして、しょんぼりとたずねてきました。両方の羽は、暴風にあったとみえて疲れていました。「どうなさったのですか?」と、とこなつの花は、びっくりしてたずねました。「もういわんで・・・ 小川未明 「小さな赤い花」
・・・それはみすぼらしい小舎でありました。中へ入って助けを乞いますと、小舎の中には、おばあさんと娘が二人きりで、いろりに火をたいて、そのそばで仕事をしていたのであります。 宝石商は、自分は旅のもので野原の中で道を迷ってしまって、やっとの思いで・・・ 小川未明 「宝石商」
出典:青空文庫