・・・S・S・Sとは如何なる人だろう、と、未知の署名者の謎がいよいよ読者の好奇心を惹起した。暫らくしてS・S・Sというは一人の名でなくて、赤門の若い才人の盟社たる新声社の羅馬字綴りの冠字で、軍医森林太郎が頭目であると知られた。 鴎外は早熟であ・・・ 内田魯庵 「鴎外博士の追憶」
・・・彼女は実に義侠心に充ち満ちておった女であります。彼女は何というたかというに、彼女の女生徒にこういうた。 他の人の行くことを嫌うところへ行け。 他の人の嫌がることをなせ これがマウント・ホリヨーク・セミナリーの立った土台石・・・ 内村鑑三 「後世への最大遺物」
・・・丁度向うで女学生の頸の創から血が流れて出るように、胸に満ちていた喜が逃げてしまうのである。「これで敵を討った」と思って、物に追われて途方に暮れた獣のように、夢中で草原を駆けた時の喜は、いつか消えてしまって、自分の上を吹いて通る、これまで覚え・・・ 著:オイレンベルクヘルベルト 訳:森鴎外 「女の決闘」
・・・早く、その未知の島にゆきたいものだとみんなは心で思いました。どんな困難や辛苦がこの後あってもそれを切り抜けてゆこうという勇気がみんなの心にわいたのであります。 太陽は、赤く、暮れ方になると海のかなたに沈みました。そのとき、炎のように見え・・・ 小川未明 「明るき世界へ」
・・・ なんという、広い、未知の世界が、水の外にあったでしょう? 子供は、高い、雲切れのした空を見ました。円い、やさしい、月の光を見ました。また、遠い、人間の住んでいる森や、林の影などをながめました。そして、お母さんにつれられて、さざなみの立・・・ 小川未明 「魚と白鳥」
・・・即ち、母親の言葉は、即ち将来への指導となり、その愛情に満ちた温顔は、美の標準となり、また、母のしたことはすべて正しいと信じ、それが子供の心となり、血となるからです。 されば、聡明な母親は、子供のために、自からの向上を怠ってはならぬ。言う・・・ 小川未明 「お母さんは僕達の太陽」
・・・一度は、だれの身の上にもみるように、未知の幸福がやってくるのだ。人間の一生が、おとぎばなしなのだから。」 彼は、ロマンチックな恋を想像しました。また、あるときは、思わぬ知遇を得て、栄達する自分の姿を目に描きました。そして、毎日このがけの・・・ 小川未明 「希望」
・・・更に詳しく述べれば、われ/\は読書の間に、自分の無し得ない多くの而して未知の経験と、発見し得ない真理と、さまざまなる知識、力、推移とを、知り且つ味ふことが出来るからである。 それならば、われ/\はどういう書物を、どういう風に読んだらいゝ・・・ 小川未明 「文章を作る人々の根本用意」
・・・しかも世相は私のこれまでの作品の感覚に通じるものがあり、いわば私好みの風景に満ちている。横堀の話はそれを耳かきですくって集めたようなものである。けちくさい話だが、世相そのものがけちくさく、それがまた私の好みでもあろう。 ペンを取ると、何・・・ 織田作之助 「世相」
・・・悔恨と焦躁の響きのような鴨川のせせらぎの音を聴きながら、未知の妓の来るのを待っている娼家の狭い部屋は、私の吸う煙草のけむりで濛々としていた。三条京阪から出る大阪行きの電車が窓の外を走ると、ヘッドライトの灯が暗い部屋の中を一瞬はっとよぎって、・・・ 織田作之助 「中毒」
出典:青空文庫