・・・庵を上げた見世物の、じゃ、じゃん、じゃんも、音を潜めただからね――橋をこっちへ、はい、あばよと、……ははは、――晩景から、また一稼ぎ、みっちりと稼げるだが、今日の飲代にさえありつけば、この上の欲はねえ。――罷り違ったにした処で、往生寂滅をす・・・ 泉鏡花 「山吹」
・・・なんだ腹の工合がわるい、……みっちりして仕事に掛かれば、大抵のことはなおってしまう。この忙しいところで朝っぱらからぶらぶらしていてどうなるか」「省作の便所は時によると長くて困るよ。仕事の習い始めは、随分つらいもんだけど、それやだれでもだ・・・ 伊藤左千夫 「隣の嫁」
・・・それ故私は卒業の日が近づいて来ると、にわかに不安になり、大学へはいるのはもう一年延ばした方がいいのではなかろうか、もう一年現級に止まってみっちり勉強してからにした方が賢明ではなかろうかと思ったので、ある日教師を訪問して意見をきくと、教師の答・・・ 織田作之助 「髪」
・・・遊芸をみっちり仕込んだ嫖致の好い姉娘は、芝居茶屋に奉公しているうちに、金さんと云う越後産の魚屋と一緒になって、小楽に暮しているが、爺さんの方へは今は余り寄りつかないようにしている。「私も花をあんなものにくれておくのは惜しいでやすよ。多度・・・ 徳田秋声 「躯」
・・・「――今度は私がその何とか云う男にじかに会ってみっちり言ってやる。いくら計算は計算でも水が出なけりゃ迷惑をするのは私達ばかりだ」 編物をしながら、上の娘の佐和子が、「計算て何なの」と訊いた。彼女は結婚して親たちとは別に暮して・・・ 宮本百合子 「海浜一日」
・・・ そして文筆も必して商売的でなくみっちりと重味のある考え深いしまった調子で書かなければなりません。 健な筆で書かなければいけないんです。 流行的な気分を打ち破って澄んだ心を表わさなければいけないんです。 教科書よりも力のある・・・ 宮本百合子 「現今の少女小説について」
出典:青空文庫