・・・岸に近く、船宿の白い行灯をうつし、銀の葉うらを翻す柳をうつし、また水門にせかれては三味線の音のぬるむ昼すぎを、紅芙蓉の花になげきながら、気のよわい家鴨の羽にみだされて、人けのない廚の下を静かに光りながら流れるのも、その重々しい水の色に言うべ・・・ 芥川竜之介 「大川の水」
・・・その姿にみとれていたもんで、おやじの言葉なんか、半分がた聞き漏らしちゃった。沢本 馬鹿。青島 あの娘なら芸術がほんとうにわかるに違いない。芸術家の妻になるために生まれてきたような処女だ。あの大俗物の堂脇があんな天女を生むんだから・・・ 有島武郎 「ドモ又の死」
・・・ 五 密と、筒袖になっている襦袢の端で目を拭い、「それでございますから一日でも顔を見ませんと寂しくってなりません、そういうことになってみますると、役者だって贔屓なのには可い役がさしてみとうございましょう、立派な服装がさせて・・・ 泉鏡花 「政談十二社」
・・・そこへ案内もなく、ずかずかと入って来て、立状にちょっと私を尻目にかけて、炉の左の座についた一人があります――山伏か、隠者か、と思う風采で、ものの鷹揚な、悪く言えば傲慢な、下手が画に描いた、奥州めぐりの水戸の黄門といった、鼻の隆い、髯の白い、・・・ 泉鏡花 「雪霊記事」
・・・そこへ案内もなく、ずかずかと入って来て、立状にちょっと私を尻目にかけて、炉の左の座についた一人があります――山伏か、隠者か、と思う風采で、ものの鷹揚な、悪く言えば傲慢な、下手が画に描いた、奥州めぐりの水戸の黄門といった、鼻の隆い、髯の白い、・・・ 泉鏡花 「雪霊記事」
・・・寺の前を通る道は、古い水戸街道なんだそうだね。」「はあ、そうでなす。」「ぬかるみを目の前にして……さあ、出掛けよう。で、ここへ私が来る道だ。何が出ようとこの真昼間、気にはしないが、もの好きに、どんな可恐い事があったと聞くと、女給と顔・・・ 泉鏡花 「燈明之巻」
・・・寺の前を通る道は、古い水戸街道なんだそうだね。」「はあ、そうでなす。」「ぬかるみを目の前にして……さあ、出掛けよう。で、ここへ私が来る道だ。何が出ようとこの真昼間、気にはしないが、もの好きに、どんな可恐い事があったと聞くと、女給と顔・・・ 泉鏡花 「燈明之巻」
・・・朝夕忙しく、水門が白むと共に起き、三つ星の西に傾くまで働けばもちろん骨も折れるけれど、そのうちにまた言われない楽しみも多いのである。 各好き好きな話はもちろん、唄もうたえばしゃれもいう。うわさの恋や真の恋や、家の内ではさすがに多少の遠慮・・・ 伊藤左千夫 「隣の嫁」
・・・元治年中、水戸の天狗党がいよいよ旗上げしようとした時、八兵衛を後楽園に呼んで小判五万両の賦金を命ずると、小判五万両の才覚は難かしいが二分金なら三万両を御用立て申しましょうと答えて、即座に二分金の耳を揃えて三万両を出したそうだ。御一新の御東幸・・・ 内田魯庵 「淡島椿岳」
・・・元治年中、水戸の天狗党がいよいよ旗上げしようとした時、八兵衛を後楽園に呼んで小判五万両の賦金を命ずると、小判五万両の才覚は難かしいが二分金なら三万両を御用立て申しましょうと答えて、即座に二分金の耳を揃えて三万両を出したそうだ。御一新の御東幸・・・ 内田魯庵 「淡島椿岳」
出典:青空文庫