・・・私はいつも云っていたことですが、滝田さんは、徳富蘇峰、三宅雄二郎の諸氏からずっと下って僕等よりもっと年の若い人にまで原稿を通じて交渉があって、色々の作家の逸話を知っていられるので、もし今後中央公論の編輯を誰かに譲って閑な時が来るとしたら、そ・・・ 芥川竜之介 「夏目先生と滝田さん」
・・・見渡すお堀端の往来は、三宅坂にて一度尽き、さらに一帯の樹立ちと相連なる煉瓦屋にて東京のその局部を限れる、この小天地寂として、星のみひややかに冴え渡れり。美人は人ほしげに振り返りぬ。百歩を隔てて黒影あり、靴を鳴らしておもむろに来たる。「あ・・・ 泉鏡花 「夜行巡査」
・・・途中、四谷新宿へ突抜けの麹町の大通りから三宅坂、日比谷、……銀座へ出る……歌舞伎座の前を真直に、目的の明石町までと饒舌ってもいい加減の間、町充満、屋根一面、上下、左右、縦も横も、微紅い光る雨に、花吹雪を浮かせたように、羽が透き、身が染って、・・・ 泉鏡花 「縷紅新草」
・・・うらぶれた身を横たえたのが東成区北生野町一丁目ボタン製造業古谷新六氏方、昨二十二日本紙記事を見た古谷氏は“人生紙芝居”の相手役がどうやら自宅の二階にいる秋山君らしいと知って吃驚、本紙を手にして大今里町三宅春松氏方に長藤十吉君を訪れた。おりか・・・ 織田作之助 「アド・バルーン」
そこは、南に富士山を背負い、北に湖水をひかえた名勝地帯だった。海抜、二千六百尺。湖の中に島があった。 見物客が、ドライブしてやって来る。何とか男爵別荘、何々の宮家別邸、缶詰に石ころを入れた有名な奴の別荘などが湖畔に建っ・・・ 黒島伝治 「名勝地帯」
・・・「井村!」奥の方からふるえる声がした。「おい土田さん。」「三宅! 三宅は居るか! 柴田! 柴田! 森!」 助けを求める切れ/″\の呻きが井村の耳に這入ってきた。彼も仲間の名を呼んだ。湿っぽい空気にまじって、血の臭いが鼻に来た・・・ 黒島伝治 「土鼠と落盤」
・・・見給え、この湖水の岸にしゃがんで、うつむいて何か考えている写真、これはその頃、先輩たちに連れられて、三宅島へ遊びに行った時の写真ですが、私はたいへん淋しい気持で、こうしてひとりしゃがんでいたのですが、冷静に批判するならば、これはだらしなく居・・・ 太宰治 「小さいアルバム」
・・・かつてどこかで、人形の顔は何ゆえにあんなにグロテスクでなければならぬかということに関する三宅周太郎氏の所論を読んで非常におもしろいと思ったことがあった。今はじめて人形芝居を実見して、なるほどと思い当たるのであった。なるほど、もしも人形の顔な・・・ 寺田寅彦 「生ける人形」
・・・ 三宅坂の停留場は何の混雑もなく過ぎて、車は瘤だらけに枯れた柳の並木の下をば土手に沿うて走る。往来の右側、いつでも夏らしく繁った老樹の下に、三、四台の荷車が休んでいる。二頭立の箱馬車が電車を追抜けて行った。左側は車の窓から濠の景色が絵の・・・ 永井荷風 「深川の唄」
・・・私がかつて朝日新聞の文芸欄を担任していた頃、だれであったか、三宅雪嶺さんの悪口を書いた事がありました。もちろん人身攻撃ではないので、ただ批評に過ぎないのです。しかもそれがたった二三行あったのです。出たのはいつごろでしたか、私は担任者であった・・・ 夏目漱石 「私の個人主義」
出典:青空文庫