・・・由来子供は――殊に少女は二千年前の今月今日、ベツレヘムに生まれた赤児のように清浄無垢のものと信じられている。しかし彼の経験によれば、子供でも悪党のない訣ではない。それをことごとく神聖がるのは世界に遍満したセンティメンタリズムである。「お・・・ 芥川竜之介 「少年」
・・・その上俯向きに前へ倒れて、膝頭を摺剥くと云う騒ぎです。いや、もう少し起き上るのが遅かったら、砂煙を立てて走って来た、どこかの貨物自働車に、轢かれてしまった事でしょう。泥だらけになった新蔵は、ガソリンの煙を顔に吹きつけて、横なぐれに通りすぎた・・・ 芥川竜之介 「妖婆」
・・・ その、もの静に、謹みたる状して俯向く、背のいと痩せたるが、取る年よりも長き月日の、旅のほど思わせつ。 よし、それとても朧気ながら、彼処なる本堂と、向って右の方に唐戸一枚隔てたる夫人堂の大なる御廚子の裡に、綾の几帳の蔭なりし、跪ける・・・ 泉鏡花 「一景話題」
・・・ 四 金石街道の松並木、ちょうどこの人待石から、城下の空を振向くと、陽春三四月の頃は、天の一方をぽっと染めて、銀河の横たうごとき、一条の雲ならぬ紅の霞が懸る。…… 遠山の桜に髣髴たる色であるから、花の盛には相・・・ 泉鏡花 「瓜の涙」
・・・ 黄金無垢の金具、高蒔絵の、貴重な仏壇の修復をするのに、家に預ってあったのが火になった。その償いの一端にさえ、あらゆる身上を煙にして、なお足りないくらいで、焼あとには灰らしい灰も残らなかった。 貧乏寺の一間を借りて、墓の影法師のよう・・・ 泉鏡花 「瓜の涙」
・・・ と言うが早いか、瓜の皮を剥くように、ずるりと縁台へ脱いで赤裸々。 黄色な膚も、茶じみたのも、清水の色に皆白い。 学生は面を背けた。が、年増に限らぬ……言合せたように皆頭痛膏を、こめかみへ。その時、ぽかんと起きた、茶店の女のどろ・・・ 泉鏡花 「瓜の涙」
・・・と両手を組違えに二の腕をおさえて、頭が重そうに差俯向く。「むむ、そうかも知れねえ、昨夜そうやってしっかり胸を抱いて死んでたもの。ちょうど痛むのは手の下になってた処よ。」「そうでございますか、あの私はこうやって一生懸命に死にましたわ。・・・ 泉鏡花 「葛飾砂子」
・・・純情無垢な素質であるほど、ついその訛がお誓にうつる。 浅草寺の天井の絵の天人が、蓮華の盥で、肌脱ぎの化粧をしながら、「こウ雲助どう、こんたア、きょう下界へでさっしゃるなら、京橋の仙女香を、とって来ておくんなんし、これサ乙女や、なによウふ・・・ 泉鏡花 「燈明之巻」
・・・ と云って推重なった中から、ぐいと、犬の顔のような真黒なのを擡げると、陰干の臭が芬として、内へ反った、しゃくんだような、霜柱のごとき長い歯を、あぐりと剥く。「この前歯の処ウを、上下噛合わせて、一寸の隙も無いのウを、雄や、(と云うのが・・・ 泉鏡花 「露肆」
・・・幾度遣っても笥の皮を剥くに異ならずでありまするから、呆れ果ててどうと尻餅、茫然四辺をみまわしますると、神農様の画像を掛けた、さっき女が通したのと同じ部屋へ、おやおやおや。また南無阿弥陀仏、南無阿弥陀仏と耳に入ると、今度は小宮山も釣込まれて、・・・ 泉鏡花 「湯女の魂」
出典:青空文庫