・・・「……うらあもう東京イ行たらじゝむさい手織縞やこし着んぞ。」為吉は美しいさっぱりした東京の生活を想像していた。「そんなにお前はなやすげに云うけんど、どれ一ツじゃって皆な銭出して買うたもんじゃ。」 じいさんはそんなことを云うおしか・・・ 黒島伝治 「老夫婦」
・・・いわんや私のごとき、無徳無才の貧書生は、世評を決して無視できない筈である。無視どころか、世評のために生きていた。あわれ、わが歌、虚栄にはじまり喝采に終る。年少、功をあせった形である。どうも、自分の過去の失態を調子づいて罵るのは、いい図ではな・・・ 太宰治 「春の盗賊」
・・・ 妻よ。 医師よ。 亡父も照覧。「うちへかえりたいのです。」 柿一本の、生れ在所や、さだ九郎。 笑われて、笑われて、つよくなる。十一日。 無才、醜貌の確然たる自覚こそ、むっと図太い男を創る・・・ 太宰治 「HUMAN LOST」
・・・ そのわきにじかに置いた水桶のまわりは絶えて乾くと云う事はないらしくしめって不健康な土の香りとかびくささがいかにもじじむさい。 馬鈴薯と小麦、米などの少しばかりの俵は反対のすみにつみかさねられて赤くなった鍬だの鎌が、ぼろぼろになった・・・ 宮本百合子 「農村」
出典:青空文庫