・・・ 一同、成程と思案に暮れたが、此の裏穴を捜出す事は、大雪の今、差当り、非常に困難なばかりか寧ろ出来ない相談である。一同は遂にがたがた寒さに顫出す程、長評定を凝した結果、止むを得ないから、見付出した一方口を硫黄でえぶし、田崎は家にある鉄砲・・・ 永井荷風 「狐」
・・・彼等には西瓜の味よりも寧ろうまく盗んだことが愉快に思われるのである。こうして汚れた西瓜の無残な形骸が処々の草の中に発見されるのである。西瓜がなくなって雑談に耽りはじめた時「あれ」と一人が喫驚したようにいった。「どうした」「何・・・ 長塚節 「太十と其犬」
・・・、漢書や小説などを読んで文学というものを面白く感じ、自分もやって見ようという気がしたので、それを亡くなった兄に話して見ると、兄は文学は職業にゃならない、アッコンプリッシメントに過ぎないものだと云って、寧ろ私を叱った。然しよく考えて見るに、自・・・ 夏目漱石 「処女作追懐談」
・・・此辺より見れば我輩は女大学よりも寧ろ男大学の必要を感ずる者なり。 婦人に七去と言う離縁の理由を記し、第一舅姑に順ならざるは去ると言う。婦人の性質粗野にして根性悪しく、夫の父母に対して礼儀なく不人情ならば離縁も然る可し。第二子なき女は去る・・・ 福沢諭吉 「女大学評論」
・・・ 私のは、普通の文学者的に文学を愛好したというんじゃない。寧ろロシアの文学者が取扱う問題、即ち社会現象――これに対しては、東洋豪傑流の肌ではまるで頭に無かったことなんだが――を文学上から観察し、解剖し、予見したりするのが非常に趣味のある・・・ 二葉亭四迷 「予が半生の懺悔」
・・・主観的の方は恐ろしい、苦しい、悲しい、瞬時も堪えられぬような厭な感じであるが、客観的の方はそれよりもよほど冷淡に自己の死という事を見るので、多少は悲しい果敢ない感もあるが、或時は寧ろ滑稽に落ちて独りほほえむような事もある。主観的の方は、病気・・・ 正岡子規 「死後」
・・・則ち享楽は必らず肉食にばかりあるのではない。寧ろ清らかな透明な限りのない愉快と安静とが菜食にあるということを申しあげるのであります。」老人は会釈して壇を下り拍手は天幕もひるがえるようでした。祭司次長は立って異教席の方を見ました。異教席から瘠・・・ 宮沢賢治 「ビジテリアン大祭」
・・・対象の含んでいる種々の複雑な価値についてよく考え理解した上で、そこに諷刺のおさえがたい横溢を表現してゆくという製作の態度よりは、寧ろ小熊秀雄の才分の面白さ、という周囲の評価の自覚において諷刺の対象への芸術家としての歴史的な責任という点は些か・・・ 宮本百合子 「旭川から」
・・・兼ねて生涯の事業にしようと企てた本国の歴史を書くことは、どうも神話と歴史との限界をはっきりさせずには手が著けられない。寧ろ先ず神話の結成を学問上に綺麗に洗い上げて、それに伴う信仰を、教義史体にはっきり書き、その信仰を司祭的に取り扱った機関を・・・ 森鴎外 「かのように」
・・・いやそれより若しも生活の感覚化がより真実なる新時代への一致として赦され強要せられなければならないものとしたならば、少くとも文学活動にその使命を感ずる者はより寧ろ生活の感覚化を拒否し否定しなければならないではないか。何ぜなら、もしも然るがよう・・・ 横光利一 「新感覚論」
出典:青空文庫