・・・そして床の上へやっと起きかえったかと思うと、寝床の上に丸くなって寝ている猫をむんずと掴まえた。吉田の身体はそれだけの運動でもう浪のように不安が揺れはじめた。しかし吉田はもうどうすることもできないので、いきなりそれをそれの這入って来た部屋の隅・・・ 梶井基次郎 「のんきな患者」
・・・男は外国織物と思わるる稍堅い茵の上にむんずと坐った。室隅には炭火が顔は見せねど有りしと知られて、室はほんのりと暖かであった。 これだけの家だ。奥にこそ此様に人気無くはしてあれ、表の方には、相応の男たち、腕筋も有り才覚も有る者どもの居らぬ・・・ 幸田露伴 「雪たたき」
・・・ 蜘蛛はまるできちがいのように、葉のかげから飛び出してむんずと蚊に食いつきました。 蚊は「ごめんなさい。ごめんなさい。ごめんなさい。」と哀れな声で泣きましたが、蜘蛛は物も云わずに頭から羽からあしまで、みんな食ってしまいました。そして・・・ 宮沢賢治 「蜘蛛となめくじと狸」
・・・大人と鬼ごっこするのが一太はどんなに好きで面白かったろう。むんずとした手で捕まりそうになると、一太は本当にはっとし、目をつぶりそうにこわかった。こわいだけなお面白い。母親と歩いていると、そんなに面白い善どんさえ、いつものように言葉をかけては・・・ 宮本百合子 「一太と母」
出典:青空文庫