・・・――私は、その人達が改札を出たり、入つたりする人達を見ている不思議にも深い色をもつた眼差しを決して見落すことは出来ない。 これはしかしこれだけではない。冬近くなつて、奥地から続々と「俊寛」が流れ込んでくると、「友喰い」が始まるのだ。小樽・・・ 小林多喜二 「北海道の「俊寛」」
・・・られまするは初手の口青皇令を司どれば厭でも開く鉢の梅殺生禁断の制礼がかえって漁者の惑いを募らせ曳く網のたび重なれば阿漕浦に真珠を獲て言うなお前言うまいあなたの安全器を据えつけ発火の予防も施しありしに疵もつ足は冬吉が帰りて後一層目に立ち小露が・・・ 斎藤緑雨 「かくれんぼ」
・・・熊吉の義理ある甥で、おげんから言えば一番目の弟の娘の旦那にあたる人が逢いに来てくれた時にすら、おげんはある妬ましさを感じて、あの弟の娘はこんな好い旦那を持つかとさえ思ったこともあった。そのはずかしい心持で病室の窓から延び上って眺めると、時に・・・ 島崎藤村 「ある女の生涯」
岡の上に百姓のお家がありました。家がびんぼうで手つだいの人をやとうことも出来ないので、小さな男の子が、お父さんと一しょにはたらいていました。男の子は、まいにち野へ出たり、こくもつ小屋の中で仕事をしたりして、いちんちじゅう休・・・ 鈴木三重吉 「岡の家」
・・・なぜだか知らないが、誰を敵に持つよりも、お前さんを敵に持つのは厭だわ。こう思うのは最初にお前さんの邪魔をわたしがしたからかも知れないわ。それともどういうわけか知ら。わたしもよく分からないわ。一体わたしとお前さんと知合いになっ・・・ 著:ストリンドベリアウグスト 訳:森鴎外 「一人舞台」
・・・ おかあさんはまた入り口の階段を上ってみますと、はえしげった草の中に桃金嬢と白薔薇との花輪が置いてありましたが、花よめの持つのにしては大き過ぎて見えました。 それから露縁に上って案内をこうてみました。 答える人はありませんので住・・・ 著:ストリンドベリアウグスト 訳:有島武郎 「真夏の夢」
・・・あたし、ね、ちかく神聖な家庭を持つのよ。 ――うまく行きそうかね。 ――大丈夫。そのかたは、ね、職工さんよ。職工長。そのかたがいなければ、工場の機械が動かないんですって。大きい、山みたいな感じの、しっかりした方。 ――私とは、ち・・・ 太宰治 「愛と美について」
・・・提灯をもつことなんて一番やさしいことなんだから。二、僕と君との交友が、とかく、色眼鏡でみられるのは仕方がないのではないかな。中畑というのにも僕は一度あってるきりだし、世間さまに云わせたら、僕が君をなんとかしてケチをつけたい破目に居そうにみえ・・・ 太宰治 「虚構の春」
・・・にもつ。うけとる。○同十一日。かわりなく候。しのびにて、さらえを、する。○同十二日。おやしきに、おいて、琴、ほをのをあり。おうむのこゑを、きく。 同断中略。○四月十九日。にを、くだす。○同二十日。あす・・・ 太宰治 「盲人独笑」
・・・スマラグド色の眼と石竹色の唇をもつこの雄猫の風貌にはどこかエキゾチックな趣がある。 死んだ白猫の母は宅の飼猫で白に雉毛の斑点を多分にもっていたが、ことによると前の白猫と今度の「白」とは父親がおなじであるか、ことによると「白」が「ボーヤ」・・・ 寺田寅彦 「ある探偵事件」
出典:青空文庫