・・・例えば「赤きもみぢに霜ふりて」「霜の上に冬木の影をうす黒くうつして」と詠めるがごとき、「もみぢ」の上に「赤き」という形容語を冠せ、「影」の下に「うす黒き」という形容語を添えて、ことさらに重複せしめたるは、霜の白さを強く現さんとの工夫なり。そ・・・ 正岡子規 「曙覧の歌」
・・・ 二人はそこにあったもみくしゃの単衣を汗のついたシャツの上に着て今日の仕事の整理をはじめた。富沢は色鉛筆で地図を彩り直したり、手帳へ書き込んだりした。斉田は岩石の標本番号をあらためて包み直したりレッテルを張ったりした。そしてすっかり夜に・・・ 宮沢賢治 「泉ある家」
・・・けれども誰の眼もみんな教室の中の変な子に向いていました。先生も何があるのかと思ったらしく、ちょっとうしろを振り向いて見ましたが、なあになんでもないという風でまたこっちを向いて「右ぃおいっ」と号令をかけました。ところがおかしな子どもはやっ・・・ 宮沢賢治 「風野又三郎」
・・・先生といっしょに教室のお掃除をしましょう。ではここまで。」 一郎が気をつけ、と言いみんなは一ぺんに立ちました。うしろの大人も扇を下にさげて立ちました。「礼。」先生もみんなも礼をしました。うしろの大人も軽く頭を下げました。それからずう・・・ 宮沢賢治 「風の又三郎」
・・・ 空気は澄みきって、まるで水のように通りや店の中を流れましたし、街燈はみなまっ青なもみや楢の枝で包まれ、電気会社の前の六本のプラタヌスの木などは、中に沢山の豆電燈がついて、ほんとうにそこらは人魚の都のように見えるのでした。子どもらは、み・・・ 宮沢賢治 「銀河鉄道の夜」
・・・一私人として立てば、やはり我身をもみくしゃにされ、妻を顧みて「おい大丈夫か」といい、子の名を呼んで「乗れたか?」と叫びもするだろう。人間の姿がそこにある。今日の、日本の人民の一員たる現実の姿が、よかれあしかれ、そこに現出しているのである。・・・ 宮本百合子 「石を投ぐるもの」
・・・この二つがどうしてもみつからなくて気にかかります。 歯のことは市内では闇で使っています。何とか方法を講じようと考え中です。 咲枝さんの出産はずっと延びそうです。子供は大変よく育っているそうで大安心です。お留守番の稽古で泰子をねかしつ・・・ 宮本百合子 「獄中への手紙」
・・・ バルザックの小説を読むと、ヨーロッパの近代文学の作家たちはあくのつよい近代出版業者たちと日夜もみ合いながら、上向する社会全般の経済関係の中で、互に勁くなって来ているように思える。文学者の力量は文学者として十分生活上の経済的基盤を与える・・・ 宮本百合子 「春桃」
・・・ しがいのある事をすれば敵が一人ふえ、立派なもののうしろにはいつもみじめな影のさすのはきまった事なのじゃ。 わしはこれから「カノサ」に参って法王に会うて参らねばならぬ。 只わしを偉大なものに致すためにのう。王は長椅子によ・・・ 宮本百合子 「胚胎(二幕四場)」
・・・おそるべき青年たちの一塊をさし覗いて、彼らの悩み、――それもみな数学者のさなぎが羽根を伸ばすに必要な、何か食い散らす葉の一枚となっていた自分の標札を思うと、さなぎの顔の悩みを見たかった。そして、梶自身の愁いの色をそれと比べて見ることは、失わ・・・ 横光利一 「微笑」
出典:青空文庫