・・・ 洋一は陰気な顔をして、まだ長い吸いさしをやけに火鉢へ抛りこんだ。「でもお母さんが唸らなくなったから好いや。」「ちっとは楽になったと見えるねえ。」 叔母は母の懐炉に入れる懐炉灰を焼きつけていた。「四時までは苦しかったよう・・・ 芥川竜之介 「お律と子等と」
・・・ 牧野は険しい眼をしながら、やけに葉巻をすぱすぱやった。お蓮は寂しい顔をしたなり、しばらくは何とも答えなかった。 十「あの白犬が病みついたのは、――そうそう、田宮の旦那が御見えになった、ちょうどその明くる日・・・ 芥川竜之介 「奇怪な再会」
・・・たのか、浅葱の襟をしめつけて、雪駄をちゃらつかせた若いものでないと、この口上は――しかも会費こそは安いが、いずれも一家をなし、一芸に、携わる連中に――面と向っては言いかねる、こんな時に持出す親はなし、やけに女房が産気づいたと言えないこともな・・・ 泉鏡花 「開扉一妖帖」
・・・画工 (枠張のまま、絹地の画を、やけに紐からげにして、薄汚れたる背広の背に負い、初冬、枯野の夕日影にて、あかあかと且つ寂……落第々々、大落第。(ぶらつく体を杖に突掛くる状、疲切ったる樵夫畜生、状を見やがれ。声に驚き、且つ活け・・・ 泉鏡花 「紅玉」
・・・ と、せきこんで、「……外廻りをするにして、要心に事を欠いた。木魚を圧に置くとは何たるこんだ。」 と、やけに突立つ膝がしらに、麦こがしの椀を炉の中へ突込んで、ぱっと立つ白い粉に、クシンと咽せたは可笑いが、手向の水の涸れたようで、・・・ 泉鏡花 「燈明之巻」
・・・聴けば、秋山さんはあれから四国の小豆島へ渡って丸金醤油の運搬夫をしているうちに、土地の娘と深い仲になったが、娘の親が大阪で拾い屋などしていた男には遣らぬと言って、引き離されてしまったので、やけになり世にすねたあげく、いっそこの世を見限ろうと・・・ 織田作之助 「アド・バルーン」
・・・ そんな彼女が葉巻のにおいにむせている顔を想像しながら、私はなるべく妓の体と隙間を作って横になり、やけに煙草をふかしていた。妓は煙をいやがって、しまいには背中を向けたが、「君!」と、振り向かせるには、余りにぶくぶく肥えて、その肉のか・・・ 織田作之助 「中毒」
・・・妹が聟養子を迎えると聴いたくらいでやけになる柳吉が、腹立たしいというより、むしろ可哀想で、蝶子の折檻は痴情めいた。隙を見て柳吉は、ヒーヒー声を立てて階下へ降り、逃げまわったあげく、便所の中へ隠れてしまった。さすがにそこまでは追わなかった。階・・・ 織田作之助 「夫婦善哉」
・・・女の子の差し出した手を、その男の児がやけに引っ張る。その女の子は地面へ叩きつけられる。次の子も手を出す。その手も引っ張られる。倒された子は起きあがって、また列の後ろへつく。 見ているとこうであった。男の児が手を引っ張る力加滅に変化がつく・・・ 梶井基次郎 「城のある町にて」
・・・もう一つはその家の打ち出した廂なのだが、その廂が眼深に冠った帽子の廂のように――これは形容というよりも、「おや、あそこの店は帽子の廂をやけに下げているぞ」と思わせるほどなので、廂の上はこれも真暗なのだ。そう周囲が真暗なため、店頭に点けられた・・・ 梶井基次郎 「檸檬」
出典:青空文庫