・・・ やれやれ眠って呉れた、と二昼夜眠らなかった私は今夜こそ一寸でも眠らねばならぬと考えて、毛布にくるまり病人の隣へ横になりましたがちっとも眠れません。ふと私は、一度脈をはかってやろうと思って病人の手を取ってみましたが、脈は何処に打って居る・・・ 梶井久 「臨終まで」
・・・言っておいてこちらを振り向くでもなく、眼はやはり遠い眺望へ向けたままで、さもやれやれといったふうに石垣のはなのベンチへ腰をかけた。―― 町を外れてまだ二里ほどの間は平坦な緑。I湾の濃い藍が、それのかなたに拡がっている。裾のぼやけた、そし・・・ 梶井基次郎 「城のある町にて」
・・・いまさらわしが隠居仕事で候のと言って、腰弁当で会社にせよ役所にせよ病院の会計にせよ、五円十円とかせいでみてどうする、わしは長年のお務めを終えて、やれやれ御苦労であったと恩給をいただく身分になったのだ。治まる聖代のありがたさに、これぞというし・・・ 国木田独歩 「二老人」
・・・うしろのアンドレア・デル・サルトたちが降りてしまったので、笠井さんも、やれやれと肩の荷を下ろしたよう、下駄を脱いで、両脚をぐいとのばし、前の客席に足を載せかけ、ふところから一巻の書物を取り出した。笠井さんは、これは奇妙なことであるが、文士の・・・ 太宰治 「八十八夜」
・・・ この、こかのごとく、わしも、歯がいたくて、世にすむかひわ、なけれども、ねずみとらずの、ねこよりましか。やれやれ、いたや。いのちの、あらんかぎりわ、この歯をいたむことかと、おもへば、かなしく候。 さびしさわ。あきにもまさる。ここ・・・ 太宰治 「盲人独笑」
・・・忘れもしねえ、暑い土用の最中に、餒じい腹かかえて、神田から鉄砲洲まで急ぎの客人を載せって、やれやれと思って棍棒を卸すてえとぐらぐらと目が眩って其処へ打倒れた。帰りはまた聿駄天走りだ。自分の辛いよりか、朝から三時過ぎまでお粥も啜らずに待ってい・・・ 徳田秋声 「躯」
・・・是非やれ、何でもいいからやれ、どうかやれ、としきりにやれやれと御勧めになります。それでもと云って首を捻っていると、しまいには演説はやらんでもいいと申されます。演説をやらんで何を致しますかと伺うと、ただ出席してみんなに顔さえ見せれば勘弁すると・・・ 夏目漱石 「文芸の哲学的基礎」
・・・ かげろうはやれやれというように、巣へ腰をかけました。蜘蛛は走って出ました。そして「さあ、お茶をおあがりなさい。」と云いながらかげろうの胴中にむんずと噛みつきました。 かげろうはお茶をとろうとして出した手を空にあげて、バタバタも・・・ 宮沢賢治 「蜘蛛となめくじと狸」
・・・ 彼は、ちらりとさほ子を見上げ、やれやれと云う風に頭を振った。そして、脚を毛布でくるみなおした。 さほ子は、時々足をかえて、一方から一方へと体の重みをうつしながら、何時迄も良人の椅子の傍に佇んでいた。 十二月の晴々した日かげは、・・・ 宮本百合子 「或る日」
・・・ ドミトリーは、困った揚句、一策を思いついた。「やっと考えた! やれやれ! インガ、二人で一週間かそこら、郊外へ行こう! どうだ? 或はモスクワへ。」「それから?」「フー。どうでもいいじゃないか? どうにかなるだろう。何とか落着・・・ 宮本百合子 「「インガ」」
出典:青空文庫