・・・とにかく力一杯にやって来、終に身を賭して自己に殉じてしまった心は、私に人生の遊戯でないことを教え、生きて居る自分に死と云うものの絶対で、逆に力を添える。 自分の一生のうちに、此事は、大きな、大きな、関係を持って居ることだ。 私は、死・・・ 宮本百合子 「有島武郎の死によせて」
・・・野生の野菊の純白な花、紫のイリス、祖母と二人、早い夕食の膳に向っていると、六月の自然が魂までとけて流れ込んで来る。私はうれしいような悲しいような――いわばセンチメンタルな心持になる。祖母は八十四だ。女中はたった十六の田舎の小娘だ。たれに向っ・・・ 宮本百合子 「田舎風なヒューモレスク」
・・・私はフランス語の稽古を始めて、毎日夕食後に馬借町の宣教師の所へ通うことになった。 これが頗る私と君との交際の上に影響した。なぜかと云うに、君が尋ねてきても、私はフランス語の事を話すからである。君は、「フランス語も面白いでしょうが、僕は二・・・ 森鴎外 「二人の友」
・・・き午夜の時計ほがらかに鳴りて、はや舞踏の大休みとなり、妃はおおとのごもりたもうべきおりなれば、イイダ姫あわただしく坐をたちて、こなたへさしのばしたる右手の指に、わが唇触るるとき、隅の観兵の間に設けたる夕餉に急ぐまろうど、群らだちてここを過ぎ・・・ 森鴎外 「文づかい」
・・・わたくしはあの時なんとも言わずにいましたが、あの日には夕食が咽に通らなかったのです。 女。大方そうだろうと存じましたの。 男。実は夜寝ることも出来なかったのです。あのころはわたくしむやみにあなたを思っていたでしょう。そこで馬鹿らしい・・・ 著:モルナールフェレンツ 訳:森鴎外 「最終の午後」
・・・それは彼にとって確に愉快な遊戯であった。 と、忽ち、秋三は安次を世話する種々な煩雑さから迯れようとしていた今迄の気持がなくなって、ただ、勘次の家を一日でも苦しめてみることに興味を持った。「おい、南の勘とこへ行かんか。あいつはお前とこ・・・ 横光利一 「南北」
・・・丘を下っていくものが半数で、栖方と親しい後の半数の残った者の夕食となったが、忍び足の憲兵はまだ垣の外を廻っていた。酒が出て座がくつろぎかかったころ、栖方は梶に、「この人はいつかお話した伊豆さんです。僕の一番お世話になっている人です。」・・・ 横光利一 「微笑」
・・・ 己は自分の事を末流だと諦めてはいるが、それでも少し侮辱せられたような気がした。そこで会釈をして、その場を退いた。 夕食の時、己がおばさんに、あのエルリングのような男を、冬の七ヶ月間、こんな寂しい家に置くのは、残酷ではないかと云って・・・ 著:ランドハンス 訳:森鴎外 「冬の王」
・・・日本画家は手に合わぬものを弄んで、生命のない色と線の遊戯に堕する傾向を示している。 洋画家の自然に対する態度はとにかく謙遜である。ある者は自然の前に跪拝し、ある者は自然を恋人のごとく愛慕する。そうして常に自然から教わるという心掛けを失わ・・・ 和辻哲郎 「院展遠望」
・・・ しかし少年時代からこの苦労をなめて来た藤村にとっては、それは、思想的遊戯の問題などではなかった。おそらく藤村自身それをはっきりと反省の材料となし得ないほどに、それは藤村のなかに深くしみ込んでいたであろう。藤村は、無性格などということと・・・ 和辻哲郎 「藤村の個性」
出典:青空文庫